まっくらい夜の中にざあざあと降る雨を、ぼんやりと見上げていた。冷たいという感覚ももはやなく、ぬかるんだ地面に足を投げ出しながらコンクリートの硬い壁に背中を預けていた。
「しくったなぁー」
豪雨にかき消えてしまうくらいの声で、わたしは独りごちた。
いつもなら、あんなタイミングで見つからないし、仮に見つかったとしても撒く自信はある。できなかったのは――仲間に裏切られたせい。
同じクスリやってる奴らなんて、同族なだけで仲間なんかじゃない。そのときわたしの頭の中から、一番肝心なところがすっぽ抜けていたんだ。
げほ、と咳き込めば血の味がした。転んだときに口を切ったらしい。ちくしょうアイツら容赦なく撃ちやがって、おかげで自慢の足が血だらけだ。寒さのせいで感覚ないけど。
これからどうするか。このままじゃ見つかるのは時間の問題だ。誰かを頼ろうにも、裏切られたわたしを拾ってくれそうなヤツが思い当たらない。
もう、終わりかな。
追われるのも逃げるのも、誰かにへつらうのも疲れた。いっそ見つかって楽になりたい。その上で死刑になっても、しょうがない。そういうことをしてきた。すべてが、もうどうでもいい。
「誰か、いっそ殺してくれ」
その呟きは、やっぱり雨に消える。
はずだった。
「……は」
わたしの横を何かが通り抜けたかと思うと、唐突に『それ』は正面に立った。2mはあろうかという、青いツナギを着た大男だった。顔は白いマスクに覆われ、右手にキッチンナイフを握りしめている。
噂に、聞いたことがある。
ハロウィンの夜にどこからともなく現れて、一度狙われれば絶対に逃げられないという殺人鬼。通称ブギーマン。
「はっ、……運がイイなこりゃ」
ブギーマンは何も言わない。ただわたしを見下ろしている。
「あんた殺人鬼なんだろ?じゃあわたしを殺してくれよ。もう疲れたんだよ……色んなことにさ」
「……」
「ハロウィンにしか出てこないっつう殺人鬼に会えるなんてホント、ラッキーだよ。ブタ箱で死刑よりよっぽど嬉しいわ。あんたカッコいいし。最後に会えて良かった」
適当な言葉をつらつら、今までそうしてきた癖からわたしの口はよく回った。その間もブギーマンは微動だにせずじっとわたしを見つめている。なぜだろう、一向に動く気配がない。まださかだたの殺人鬼コス?オタクか?
などと不安になりだした頃、くるりとブギーマンが背中を向けた。
「え、は、ちょっと!どこ行くんだよ!」
傷ついた足を引きずって立ち上がり、わたしはブギーマンにしがみつく。だがブギーマンは一切立ち止まらずに歩き続ける。
「あんた殺人鬼じゃないのかよ!早くわたしを殺し……っ!!」
ぐぎ、と足首が変なふうに曲がった。庇いながら歩いていたせいでバランスを失ったんだ。わたしはよろけ、雨に濡れるアスファルトに体を叩きつけ――なかった。
「……はい?」
気がついたら、視点が高くなっていた。あと揺れている。ブギーマンに担ぎ上げられていると認識するまでに数十秒かかった。
「え?なんで?助けてくれる……ワケ、ないよね?」
ブギーマンは答えない。ただ黙々と歩き続けるだけ。
……まあ、どうせ死ぬんだし、他に行くあてもないし、このままブギーマンに付き合うのもあり、か?
イマイチ意図が見えないながらも、少しだけ、このまま担ぎ上げられてんのも悪かないかもしれない、なんて思い始めていた。
(僕のこと、かっこいいだって!)