おなじみのボイラー室に、フレディさんの姿はなかった。おかしいな、いつもだったら、よく来たなぁ#name1#って大げさに手を広げてくるのに。そして私が、来るもなにもフレディさんが呼ぶんでしょうって言って、そうだったかなと笑う彼を見ているのに。
あるいは彼の新しいお遊びなのかもしれない、そう思った私はごうごうと蒸気を吹き上げるボイラーの横を通って、金属のパイプを潜り抜けながら彼を探した。夢だから、ちっとも熱くない。そう感じさせることも出来るのだろうけど、少なくとも私の前でそういった操作をしているのを見たことがない。なぜ、と考えると胸のあたりが苦しくなるから、あまり考えない。
蒸気が少し薄れて、音も静かになったころに、細長くて薄暗い通路に出た。奥の鉄格子から白い光が差し込み、地下道みたいに濡れる床を照らしている。その通路の左端に、人影が映った。私は迷わずに駆け出した。
「フレディさん」
壁を背に足を投げ出して座る影に声をかけると、中折れ帽がすうと持ち上がった。
「……よう、未登録名前」
声にちからがない。それに、唇の端から赤い雫が垂れている。背中がぞっとし彼の胸を見ると、どくどくと真っ赤な血が流れていた。
「刺されたうえに、聖水だ。もう長くねぇ」
「そ、んな」
夢の中では無敵のフレディさんだけれど、現実世界では普通のひとと同じくらいになってしまう。その上弱点を突かれたとあれば、私でさえどうなるかくらい分かった。
じわりと涙がにじむ。
フレディさんは殺人鬼だ。たくさんのひとから恐れられ、恨まれていることも知っている。だから、こうなってしまうことも十分考えられたのに。
私の前では優しくて、楽しい夢をたくさんみせてくれたフレディさんが消えてしまうのは、ほんとうに身勝手だけど、悲しくてつらい。
「いやだ、いやだ。フレディさんが消えちゃうのは」
泣きながらフレディさんの肩を叩いた。とん、とん、とん。そんなことしたってどうにもならないのに、行き場のない感情は衝動になって収まらない。フレディさんも、誰かを殺すときはこんな感じなのかな。自分のなかの感情を、そのまま行動にしてるのかな。そう思うと、私とフレディさんに新しく共通点が生まれた気がして、今さらどうしてそんな繋がりが生まれてしまうのかとまた悲しくなった。
不意に。
フレディさんが私の手首を右手で掴んだ。
「まあ、そう悲しむな」
「む、むり、だよ、」
涙でうまく言葉が出せない私に、フレディさんは目を細める。それから掴んでいたままの私の手を、ゆっくりとさすった。爪で傷つかないよう、ていねいに。(ああ、やっぱりこのひとはとても優しいんだ、)
「俺は消える。けど、な」
「け、ど?」
「すぐに復活するさ」
「……え」
今なんて。
呆気にとられていると、フレディさんはくつくつと笑った。
「俺様だぞ?多少聖水かけられたくらいで死ぬか。ちょっと復活に時間がかかるだけだ」
……もしかして。
「……だましたの?」
「お前の泣き顔、初めて見たがサイコーだな」
くせになりそうだ、の声にばしんと肩を叩いた。だけどフレディさんは全く痛がる様子もなく、
「気は済んだか?もっと殴ってもいいんだぞ?」
などというので、頬を思い切りつねってやった。痛ぇ!と叫んでいるけど気が済まないのでもう少しこのままでいることにする。
診断メーカーより:「気は済んだか?もっと殴ってもいいんだぞ?」