万象反転
衝撃のはずみで机の上にあった本が落ちた。
しかし目の前の彼は気にも留めず私を睨み続けている。
本が好きなはずだからこれはきっと重症なんだとそのときようやく理解することができた。そう言えば私はいつも彼に言われていた、理解に至るまでが遅すぎるのだと。
けれど今回ばかりは遅くなるのも仕方がない。私自身未だ混乱の中にいるのだ。
「何故」
それを聞きたいのはこちらのほう。
何故、私は彼に押し倒されて、首をしめられているのかと。
しめられているとはいっても軽く手がかけられているのであって本当に締まってはいないが。
だから余計に何故と言いたくなる。
殺したいほど憎いのか、それともその表情通りに苦しいからたすけてほしいのか。
「何故だ。お前は」
語気が強まる。聞く人によっては怒りともとれる口調だが私にはこれがなんの意味を持つか知っている。
とてもよく、知っている。
「お前は何故――人間なのだ」
消え入りそうな声で確かに彼はそう言った。
相容れないと言ったのは彼。
愛など生まれないと言ったのも彼。
その彼が言う。
苦しそうな顔をして、今にも泣き出しそうな顔をして。
何度も出会っているはずなのに彼のこんな表情を見るのは、初めてだった。
「じゃあさ」
初めてを、最後にしたかった。
「人間じゃなくしちゃえば、いいんじゃないかな」
私の首に触れている手が、びくりと跳ねた。
(最後が最期になる瞬間)