その女の子の瞳は、黒色をしていた。
小さなころ、ママにもらった宝石ずかんでみたことがある。黒い水晶だ。真っ黒だけど、つややかで、なめらかな色をした水晶。ママが教えてくれたよ、水晶は、この湖の名前なのよって。ほかにも、水晶にはたくさん色があることを知ったけれど、ぼくは黒色をしたのがいちばんすきだった。
その黒い水晶が、ぼくをじっと見つめている。さっき殺したやつらみたいに、おどろくでもおびえるでもなく、黒色にぼくだけがうつりこんでいる。あんまり見つめるものだから、ぼくもそわそわしてしまい、ナタをふり上げる気には、どうしてもならなかった。
月明かりがすこしかげって、また光をとりもどすころ、ようやく女の子は口をひらいた。
「わたしをたすけてくれたの?」
助けた、の意味が分からずぼくはすこし首をかしげた。それをみた女の子は、ああそうかとうなずいた。
「わたし、無理やり連れてこられて……でも助かったわ。ほんとうにありがとう」
にこりと笑った女の子が、とても、きれいだと思ったし、ひとにお礼を言われることだってないから、ぼくはずいぶん戸惑ってしまった。それを見た女の子は笑顔をひそめて不安そうな顔になる。
「なにか……気を悪くしたかしら。ごめんなさい」
あやまる必要なんてないのに。それどころか、どうしてきみはぼくを見てもちっともこわがらないのだろう。ぼくは、きみの目の前で男を三人、殺したんだよ。返り血だってあびてるだろう。そのしろいほおとかわいらしい服に、べったりくっついてる。
それなのに。
ああ、ぼくは。
なにかにとりつかれたみたいだった。ぼくは血をあびたそのほおに触れて、かたちをなぞる。血が線をひいてなにかのおまじないみたいな模様をつくっていると、女の子が不思議そうに首をかしげた。
そうか。きっとこれはおまじない。
彼女には、ぼくがばけものに見えないんだ。
ぼくは彼女の手をひいた。彼女はびっくりしてすこしだけ声をだしていたけれど、おとなしく付いてきてくれた。
向かうのは、ほとりにあるぼくとママのおうちだ。おうちに帰ったら、どうしようかな。女の子が座れるばしょ、あったかな。まず片付けをしなきゃ。それからええと、なにをしたらいいかな。お客さんをおむかえしたことないから、すごくどきどきする。ねえママ、ぼくが女の子をつれて帰ったら、きっとおどろくと思うけれど、彼女はいいこだから、ママもすきになると思うんだ。それは、とっても、すてきなことだよ。
手を引かれる少女のその後は、もう誰も知らない。
Title:Zabadak