人間の女の子
遺跡から引き上げたのち、少女をベッドに寝かせると、テイルスは発掘した首飾りと起動した機械の因果関係を専門家に尋ねた。それによると、首飾りにはめ込まれたガラスはただのガラスではなく、人間の遺跡からまれに出土する特殊なガラスであるという。通称を「プリズムグラス」といい、内部や表面に微細な加工を施すことで光や熱によって起動する電子回路だが、現在ではロストテクノロジーのひとつであり、その存在は発掘に携わる者のごく一部に知られるのみであるらしい。
ソニックが首飾りを光に透かしたことで、床――一部がエレベーターになっていたが経年劣化で壊れてしまった――が起動したものと思われる。そんな特殊な機械によって守られていた人間の少女。彼女の謎は深まるばかりであった。
「だいたいの事情は分かった」
それまで大人しく聞いていた赤いハリモグラは、声を張り上げた。
「それで!なんで当然のようにウチに集まってんだよ!!!」
「ごめんねナックルズ。この子を休ませるのに、ボクらの家までじゃ遠いし」
「病人をトルネードに乗せるわけにゃいかねえしなぁ」
「いっつも厄介事ばっかり持ち込みやがってお前らは……」
「あはは……でも助かったよ。プリズムグラスのことも教えてもらえたし」
「ふん。俺くらいになりゃ知ってて当然だぜ」
彼はトレジャーハンターを生業としているハリモグラ、名をナックルズ・ザ・エキドゥナという。ソニックたちとは長い付き合いであるが、一人や静寂を好む性格であるため、自分から危険に飛び込むソニックとは度々衝突している。しかし真面目で面倒見のいい性格でもあるがゆえに、今回の出来事も本気で怒っているわけではないことをソニックは熟知していた。
ナックルズの家は、先ほどの遺跡から1kmほど離れた場所にあるロッジ風の建物である。各地の遺跡を巡るために丁度いいと彼が一人で建てたものだ。
「んで?どうするんだよソイツ」
ベッドに横たわる少女を一瞥し、二人に問いかける。ややあってテイルスが口を開いた。
「えっと……まずはこの子の健康状態を見て……」
「そうじゃねえ。このままここに置いとく気か?」
「このまま、って……ナックルズは、この子を放っておく気?この世界のこと、なにも知らないんだよ!?」
「だからって、ずっと隠してだっておけねえだろ!遺跡は全部政府が管理してんだ、そりゃ申請するか免許があれば誰でも調査はできるがな、見つけたもんは報告しなけりゃ犯罪だろうが!」
「そんなの分かってるよ!だけど、政府は人間の遺跡とか技術を解析するのに必死なんだ!そんなところに正直に報告なんかしたら、一生研究所暮らしだよ!そんなのかわいそうすぎるよ!」
「ここにだってずっとは置けねえよ!一生俺らが面倒みられるワケじゃねえんだぞ!」
「じゃあ見捨てるっていうの!?」
「そこまで言ってねえ!現実的じゃねえって言ってんだよ俺は!」
「おいお前らいい加減に――」
「ァ、」
そのとき、三人の誰でもない声がした。口論をやめた二人が視線を向けると、少女が体を起こしてこちらを見ていた。少女は何度か目を瞬かせたあと、ほろりと涙をこぼした。それを皮切りに、少女は声もなくうつむいて、布団にいくつもシミを作る。
テイルスとナックルズが慌てている間に、ソニックは少女の手を両手で包んだ。
「大丈夫だ」
ただ一言そう言って、少女の顔を覗き込んだ。少女は驚いて目を見張っていたが、ソニックの表情を見て涙するのをやめた。
言葉は、伝わらないと分かっていた。言葉の意味より、もっと大切なものが伝わればそれでよかった。
「arergawt……」
少女がかすかに笑ったのを見てから、ソニックは二人を振り返る。
「なあ。まずはこの子に世界のことを知ってもらおう。その上で、この子自身に決めてもらう。自分がどうしたいかを」
「ボクは異論ないよ。女の子を放っておくなんてできないし」
「まあ……考えなしよりはマシだな」
ナックルズは頭をかきながら、少女の前まで歩み寄る。少女はびくりと肩を震わせたので、ナックルズは膝を落として目線を合わせ、
『悪かったな、怖がらせて。……俺の言ってること、分かるか?』
『あ、……分かる。私の言葉、分かる?』
『少しだけな』
「な、ナックルズ!言葉分かるの!?なんで!?」
「だーー騒ぐなテイルス!また脅かす気か!」
「あっごめん……」
どっちかというとナックルズの声の大きさに驚いていたような、という言葉をソニックは飲み込んだ。
ナックルズは職業上人間の遺跡を周ることも多く、その過程で人間が使っていた言語も多少なら理解できるようになったという。ただし、発音については遺跡に残されたわずかな映像記録を元にしているので正しいかは不明であったが、少女の発する言葉を聞いて確信に至った。
ナックルズの通訳を交えると、少女は記憶が曖昧らしく、ここで目覚めた以前のことはほとんど思い出せないらしい。それはかえってありがたいことだとソニックは思った。人間が絶滅しているなど、ショックが大きすぎることは今は伝えないほうがいいだろう。代わりに、少女は道端で倒れていたのでソニックがここまで運んだ、というように話した。すると少女はごめんなさいと言った後にソニックに向かって深くお辞儀をした。記憶が安定するまではここに居ていい、とも伝えると、慌てたようにまたお辞儀をした。丁寧で、謙虚な子であるらしい。
ある程度話がまとまってから、ソニックはあることを思い出した。
「そうだ。まだ名前を教えてもらってないぜ」
『……?』
『名前を教えてくれってさ』
小首を傾げる少女にナックルズが通訳すると、少女はあっという顔をして、ゆっくりと発音してみせる。
「未登録名前」
「未登録名前?」
ソニックが指差すと、少女、未登録名前は大きく頷いた。
「オレはソニック!こっちが、テイルス、ナックルズ」
一人一人指差しながら教えると、未登録名前はあーと声を出しながら、同じように指差していき、
「ソニック、テイルス、ナックルズ、?」
「Good!」
「よろしくね、未登録名前!」
「……よろしくな」
笑顔で言ってやると、未登録名前も笑って頷いた。