僅かな一歩

今日は回り道をして帰ることにした。
昨日のことをまだ引きずっているなんて情けないことだけど、こんなモヤモヤを抱えたまま、お姉さんに会えない。
こういうところが、まだ子供なんだろうな。あの男の人とお姉さんとは、何も無いって分かっているのに。
お姉さんを名前で呼べるその距離が、どうしても、妬ましいと思ってしまう。

「おーい、まぐろくーん!」

「あ、りんごちゃん★」

振り返ると、りんごちゃんが走り寄ってきた。

「後姿が見えたから声かけたけど、珍しいね。まぐろくんがこっちの道通るなんて」

ぎくっとした。

「なんとなーく、ね★」

「ふーん。……なんかあった?」

やっぱり分かっちゃうか。

「……りんごちゃんには、隠しごとできない、ね★」

「ま、幼馴染だし」

でも、りんごちゃんになら話しても大丈夫だと思い、ボクは昨日あったことをそのまま話した。ボクの感情含めて。
あんまり自分のことを話すのは得意ではないから、時々つっかえることもあったけど、りんごちゃんは静かに聴いてくれていた。

「そっか、それはフクザツだ……」

話し終えると、りんごちゃんは神妙な面持ちであごに手をやった。

「しかも、お姉さんはまだ、ボクらのこと誤解してるんだ★」

「それだよ、それ」

りんごちゃんはビシっと指を立てる。

「お姉さんが誤解してるから、いつまでも気づいてもらえないわけでしょ?まずは、まぐろくんが本気ってところをみせなくちゃ!」

「と、言われてもー……★」

本気、って、なにをどうすればいいのやら。

「ここはひとつ、思い切って」

「思い切って?」

「押し倒してみるとか」

「りんごちゃん!」

咎めるように言うと、りんごちゃんは朗らかに笑った。

「まあ、それは冗談としてだよ」

面白がってるだけじゃないのかな、と思ったけど、話がややこしくなりそうだったので黙っておくことにした。

「このままだと、まぐろくんが危惧していることが、現実になりかねないよ?」

危惧。
それは、あの人がお姉さんと。
それだけは。

「だったら、まぐろくん!ここは男にならないと!」

「……りんごちゃん、さっきから発言がアヤシイよ★」

さすがにツッコミをいれざるをえなかった。
と、そこへ。

「お~い!まぐろくんにりんごちゃ~ん!」

この声は。

「未登録名前お姉さん」

硬直するボクの代わりに、りんごちゃんが答える。
お姉さんは肩で大きく息をついて、

「いや~、まぐろくんに昨日のお礼ついでにお鍋返しに家行ったら、まだ学校ですって言われちゃって!時計よく見たらまだ学校の時間だったね~まいったまいった!」

「お姉さんのそういうところ、昔っからですよね」

「う~ん、一人暮らし始めて、少しはよくなったと思ったんだけどな~」

りんごちゃんとお姉さんが笑っていても、ボクは愛想笑いしかできなかった。
ホントは、会いたくなかった。いや、でも、やっぱり会いたかった。
どっちだろう、分からないや。

「そうそう、それでだよまぐろくん」

お姉さんに呼ばれて、はっとする。
少し驚いたのが気づかれないといいけど。

「やっと前回の分の原稿料入ったからさ~、美味しいもんでも食べにいこうよ!ああ、ご両親の許可は得ているから心配なく!」

えっと、これは。
喜んでいい、ことなの、かな。
でも、どうしよう。
すっごく嬉しい。

「あ、りんごちゃんもどう?」

「わたしは、今日はちょっと。親に呼ばれてるもので」

「そっか~そりゃ残念」

りんごちゃんが横目でボクを見た。
(今がチャンスだよ)とでも言いたげな表情だった。
お姉さんに向き直ったりんごちゃんは、

「元々まぐろくんへのお礼ですし。どうぞお二人で」

「そう?じゃあ、りんごちゃんにはまた別の形で」

「ありがとうございます。では、わたしはこの辺で!」

お姉さんにお辞儀をすると、足早に去っていった。
ああ、本当にありがとう。気を利かせてくれたのはすぐ分かったよ。

「なんか私、邪魔しちゃったかな~」

明後日の方向の心配に、ボクは思わず噴出してしまった。

「え、なに、どしたの?」

「いえ、べつに★りんごちゃんのことは、気にしないでください★」

さっきまでのモヤモヤが、きれいさっぱりどこかへ行ってしまった。
やっぱりお姉さんのことは好きだし、いつだって会いたい。

「まぐろくんがそう言うなら……まあいいか」

お姉さんは気を取り直したらしく、いつもの笑顔をボクに向けた。

「あのさ、私がよく行くケーキ屋さんがあるんだけど、どうかな?あ、まぐろくん甘いもの平気だっけ?」

「平気、というか普通に好きですよ★」

「そっか~!じゃ行こう!ちょっと歩くけど大丈夫かな」

「むしろ、お姉さんのほうが心配です★さっき全力疾走してたんで★」

「それもそうだ~」

あはは、と笑いながら、お姉さんとボクは並んで歩き出す。
ふと、気がついた。
お姉さんとボクの肩、同じくらいの高さだ。
昔は、ボクがお姉さんのことを見上げていたのに。
今では身長も同じくらいで。
少しは、お姉さんに、近づけているのかな。
思わず、ボクは、お姉さんの手を握ろうと手を伸ばして。
そして、引っ込めた。

ゴメンネ、りんごちゃん。せっかく用意してくれたのに。
ボクはまだ、あと一歩が踏み出せないみたいだ。

「ねえ、まぐろくん」

「なんです、か★」

まさか手を握ろうとしたのがばれて?

「まぐろくんは~、どういうケーキが好きなのかな~?」

無用の心配だったか。
ボクはまた、小さく笑った。

「そーですね、割となんでも★」

「それは困るんだよ~なんか選んでよ~」

「じゃあ、お姉さんが選んでください★」

「え~私が~?」

これは言える雰囲気だと思った。
まだ一歩踏み出せないけど、ほんのちょっとなら、歩み寄れるかなって。
冗談交じりにボクは言った。

「お姉さんが選んでくれたのなら、全部好き、です★」

すると、意外なことが起こった。

「……まぐろくんさぁ」

お姉さんは、あからさまに目をそらして頬をかき。

「そういうセリフは、彼女とかに使いなさいよね」

もしかしてお姉さん。
照れてる?
その真偽を確かめる間もなく、お姉さんは大きな声で「な~にたべよっかな~」と話題をそらした。

もし、お姉さんがほんとうに照れているのだとしたら。
ちょっとは意識してもらえたのかな。
そうだったら……嬉しいな。