出会いの数だけ
サウスアイランドで最も大きな浮遊大陸に存在する大都市、セントラルシティ。大統領官邸を有するこの街は商業を中心として栄えており、大陸の広さを利用した航空貿易も盛んで、日々多くの獣人たちが行き交っている。
そんなたくさんの人や物を初めて見る未登録名前は、好奇心の強さもあって目を輝かせていた。
「未登録名前!俺たちから離れすぎるなよ」
「あ!ごめんなさい!」
足を止めているとナックルズの声が飛んび、未登録名前は慌てて走る。その様子を見ていたソニックとテイルスは、初めあれだけ未登録名前を厄介者扱いしていたのに、と顔を見合わせて笑っていた。
今日ここにやってきたのは、未登録名前の身の回り品を買い足すためでもあったが、一番の理由は未登録名前にこの世界のことをもっと知ってもらうためであった。言葉を理解できるようになってきたこともあり、未登録名前にとってはいい刺激になるだろうと皆で相談して決めた。
気掛かりがあるとすれば政府の動きだが、仮に未登録名前の存在が露見していたとしても街中で手荒な真似はしないだろう、とはソニックの言だ。
一番気をつけねばならないのは未登録名前が人間であることを悟られないようにすることなので、未登録名前には猫のような耳のついた帽子を被せている。未登録名前は不思議そうにしていたが、似合っているからと三人が言えば、照れ臭そうに笑っていた。
最初に向かったのは仕立て屋だった。赤い屋根の小ぢんまりとした店で、ショーウインドウには様々な模様の布地やそれを元にしたらしい女性用のワンピースが飾られている。未登録名前はそれらをまじまじと眺めてから、ソニックが開けてくれた扉をおそるおそるくぐった。
中は、たくさんの生地や裁縫道具、トルソーなどが雑多に置かれている。中央には大きなテーブルがあり、そこでは大きな猫の耳を生やし長い尻尾を揺らした、壮年の女性がミシンを動かしていた。女性はソニックたちに気づくと、ミシンを止めて嬉しそうに駆けよった。
「やあいらっしゃい!今日はどんなご用?……あら、そっちの女の子は?」
「こ、こんにちは。未登録名前といいます」
未登録名前は、自分の発音がおかしくないかと気をつけながら、練習していた言葉を告げる。女性は、うんうんと何度も頷いてからソニックたちを見た。
「なるほどね。この未登録名前ちゃんが、あんたたちが隠してた子ってわけかい」
「べっべつにボクら、隠してたわけじゃ」
「はは、分かってるよ。なんかワケがあるんだろ?でなきゃいきなり押しかけて、女の子に必要なものを代わりに買ってきて欲しいーだなんて言わないだろうしさ」
そこで、未登録名前ははたと気がついた。自分の服などは全てソニックたちがくれたものだ。それを、男であるソニックたちがどうやって買ったのかまで考えたことがなかった。
「あの、みんな、ありがとうございます!わたし、気づかなくて、」
勢い良く頭を下げると、やがて大きな笑い声とともに優しい感触が頭に降ってきた。
「そんなの気にしなくていいんだよ。困った時はお互い様さ」
そのまま大きく頭を撫でられ、顔をあげると、女性はにこりと笑っていた。女性の柔らかい表情にほっと息をつき、笑顔を返した。
女性はフェイと名乗った。仕立て屋のフェイおばさんと慕われており、ソニックたちとも長い付き合いなのだという。とはいっても、彼らはこのサウスアイランドでは有名人であり、特にソニックはその性格から多くの人々と顔見知りなのだという。それを聞いた未登録名前は、記憶のない自分を助けてくれた三人なら、多くの人に好かれるのは深く理解できた。
「……に、しても」
フェイは未登録名前にずいと詰め寄り、頭から足までじいっと見つめた。未登録名前は驚いて不安げな顔を浮かべたが、フェイは目を合わせてニコリと笑う。
「こーんな可愛い女の子だって分かってたなら、もっといい服を仕立ててあげたのに。おいで!あんたにもっと似合う服用意してあげるから、採寸させてちょうだい」
「え、と。あの」
言葉の意味が分かる、というのは心臓に悪いということを学んだ。今までそんな風に言われたことがなかったためにどうしていいか分からず、ソニックたちに視線を投げる。
「Wow! いいじゃないか!」
「行ってきなよ!待ってるから」
「ま、元々そのつもりで来たんだしな」
三人に後押しされ、未登録名前は顔中に熱が集まってしまう。それを見たフェイはまた笑い、未登録名前の手を引いて奥の部屋に連れて行った。
「あんた、本当ワケありなんだねぇ」
カーテンで仕切られた小部屋にて、採寸しながらフェイがしみじみと呟いた。未登録名前は意味を上手く理解できずに押し黙ってしまうと、気まずいと受け取ったフェイが慌てて手を振る。
「ああ、ゴメンね。ワケを聞きたいんじゃないのよ。ただあんた、なんていうか……ちょっと雰囲気が違うじゃない?だから、あの子らも放って置けないんでしょうけど」
「わたし、」
「いいのよ。あの子らには何度もこの街を助けてもらってるんだ、たまにはあたしらが助けてやらなきゃ。未登録名前ちゃんだっけ?あんたもいい子だし、ね」
未登録名前は、目の奥がじわりと滲む感覚を覚え、思わず被ったままの帽子を掴んで俯いた。フェイは驚いた様子を見せたが、すぐに柔らかく微笑んで背中を撫でてくれた。暖かい体温は、未登録名前の心に深く染み渡った。
採寸を終えると、あとは仕上がるまで数日かかるということで四人は店を出た。昼を回っていたのでレストランに入ろうと表通りを歩く。外食が初めての未登録名前は、気をつけることはないかと聞いたほうがいいだろうか、と考えるあまりに三人から少し遅れてしまう。慌てて追いかけようと小走りになったところで、
「誰かっ!!捕まえてぇっ!!」
背後から女性の叫び声が上がった。何事か確認する前に、誰かによって突き飛ばされ、思い切り転んだ。
「未登録名前!!」
気がついたソニックが未登録名前を抱き起こし、ずれた帽子を目深に押し込む。周囲は混乱により騒然となった。ソニックは未登録名前の手を引いてなんとか人混みを掻き分ける。
テイルスと合流できると、どうやら引ったくり犯が逃げる際未登録名前を突き飛ばしたとのことだ。
「待ちやがれっ!」
やや離れたところでナックルズの声がする。どうやら犯人を追っているようだ。続くにもこの人だかりでは、ソニックの俊足も活かせない。かと言って、未登録名前を転ばせた犯人をみすみす逃すのも気が収まらない。自然に未登録名前の手を強く握ると、未登録名前は小さく悲鳴を上げた。そんなに強く握ってしまったかと未登録名前を振り向けば、彼女は何でもないというふうに手を振っている。ソニックは、繋いでいた手を解いて未登録名前の手を開かせる。
無数の擦り傷。
かっと全身の血が熱くなる。
パァン!
切り裂くように何かの破裂音がした。同時に人々のざわめきも止む。三人が慌てて音の出所に向かうと、人垣が途切れる場所に出た。
ひらけた場所の中央に、引ったくりであるらしい犬の男が地面に伏している。その側にナックルズがおり、向かい合う形で見知らぬ男が数人立っていた。
テイルスは、ソニックに耳打ちをする。
「(あの人たち、政府の人だ。腕章がある)」
男たちをよく見ると、紅地に白のラインと政府のエンブレムが刺繍された腕章を付けている。先頭に立っていた黒いカラスの男が犯人に静かに歩み寄り、倒れた男を見下ろした。カラスの目は右が赤く左が黄色と、珍しい色をしていた。
「白昼堂々と街中で犯罪とは、なめられたものですね。その意気だけは買って差し上げます。後は署でお話を聞きましょうか」
カラスが合図すると、控えていた兵が犯人を抱えて連行していく。カラスの男はそれらを見届けてから、ナックルズに向き直った。
「ご協力、感謝致します。さすがはトレジャーハンターとして名高いナックルズさんですね」
「……知ってるのか」
「ええ。数々の遺跡から歴史的発見を見出したというご高名はかねがね。……それから、」
カラスはちらとナックルズの背後、ソニックたち視線を向ける。
「ソニックさん、テイルスさん。あなた方のお名前も、よく存じ上げておりますよ」
「そりゃどうも」
ソニックは肩をすくめる。
「けど、こっちはアンタの名前を知らないんだがな」
「ああ、これは失礼。わたくし、政府の環境文化省の総務をまとめております、アッシュ・ザ・クロウと申します」
「へえ……文化省にしちゃ、ずいぶん物騒な装備を持ってるんだな」
「はは、総務といえど要はただの雑用でですからね。こういった荒事に遭遇することも多いので、ある程度の装備は認可されております。……ああ、それと」
アッシュは未登録名前に向け、ニコリと笑う。
「先程転んでしまわれたようですが、大丈夫でしたか?」
「えっ、あ、はい。だいじょぶです。ありがとうございます」
「それは何より。では、わたくしはこれで」
恭しく一礼すると、アッシュはソニックたちに背を向け去っていく。静かだった街も少しずつざわめきを増やし、やがて人の垣根が崩れていった。
「……なんっか、気に入らないな」
ソニックは顔をしかめ、腕を組む。その様子にテイルスは首を傾げた。
「そうかなぁ、丁寧な人だと思うけど」
「丁寧、ね……」
「あいつ、ヤバそうだな」
戻ってきたナックルズもまた険しい顔つきでいる。
「お前らは見てないだろうが、あいつの部下……躊躇いなく撃ちやがったんだぜ」
あの時響いた破裂音は、銃声だった。しかも、犯罪者とはいえ一般市民である相手に一寸の躊躇もなく、的確に足を撃ち抜いたという。
環境文化省総務のアッシュ・ザ・クロウ。気がかりである省に名を連ねる者。まだ不明な点も多いが、危険人物であることに変わりはない。
「わたしは」
沈黙していた一同に、未登録名前の声が差し込んだ。
「わたしは、あのひと、悪いひとには、みえなかった」
その言葉には、三人とも同じように目を丸くする。それを見た未登録名前は少し恥ずかしそうにして、それから再び言葉を探すように唸っていた。
ふ、っと息をついたソニックが、未登録名前の手を優しく取った。
「ま、今ここで考えてても仕方ない。フェイんトコで手当てさせてもらったら、ひとまず帰ろうぜ」
「そうだね」
「って、未登録名前お前ケガしてたのか!?なんでもっと早く教えねえんだ!」
「んな暇なかっただろ」
「あはは、わたしならだいじょぶだよ」
「お前はいっつもそう言って無理すんだろ!」
「もー、怪我してるんだから早く行こうよ!」
テイルスに押される形でその場を後にする。その前に、ソニックは一瞬だけ背後を振り返り、不敵な笑みを浮かべたのだった。