「切ってやろうか?」
まるで居酒屋にでも誘うような口ぶりに、私は呆気に取られて目を見張る。
「あの嫌味な上司、どっかいなくならないかなぁ」些細なひと言だった。仕事の愚痴の、よくあるひと言。「明日会社に隕石落ちてこないかな」とか、その程度の下らない言葉だった。少なくとも、私にとっては。
「切ってやろうか」
もう一度、一文字則宗が言った。俄に語気が強まったのは、気のせいだろうか。分からない。一文字則宗はいつもの、柔和でありながら底の見えない笑顔で私を見つめている。
私と彼との接点は、あまりないと思っていた。彼は政府の特命調査の後にこの本丸所属となったが、その時すでにこの本丸には多数の刀剣たちが顕現していた。ともあれば個人的な関わりを持つ時間というのは限られて、さらに彼自身の器質がゆえに容易に踏み込めないでいた。
だから、そう。ちょっとした冗談のつもりだったのだ。初めて近侍を任せることになったから、世間話で距離を詰めようとした。共通の話題が思い当たらなかったので、まずは仕事に関する雑談でも、と。
軽い、気持ちだったのだ。
「どうする」
空を写した石英のような瞳が弧を描く。それは美しく、優しく、何よりも鋭かった。
「私は、」
吸った息がひどく冷たく感じた。
ここで『間違える』わけにはいかなかった。
「まだここにいたいから」
「……ふむ」
「まだ、美味しいもの食べてたいし、きれいな服も着たいし、それに、みんなと一緒にいたい」
冷たい息を吐き出して言い切ると、一文字則宗はさっと扇子を開いて口元にやった。
「うはは、そう簡単に絆されてはくれんか。いや残念」
「残念じゃない。人で遊ばないでよ」
「ばれたか。此度の主は賢いなあ」
「もしかして馬鹿にされてるのかな??」
「いやいや、本心さ。――お前さんは」
何よりも鋭い石英が、
「ちゃんと『間違えなかった』からな」
扇子の向こうで歪んで見えた。
――残念だなあ、主とこの世の縁を切れるところだったのに