「「あ」」
声を上げたのは同時だった。
私の手には先が輪っかになった一本のロープ。
男の手にはランタンと血だらけの死体。
瞬きを二回。すると男がへらりと笑った。
「ちょっと手伝ってくんない?」
「いやぁ久々にドジ踏んじゃってさぁ。予定なかったけど、殺すしかなくなっちゃったんだよねぇ。たはは、参ったよ」
ざく、ざく、と人ひとり入れる分の穴を掘りながら男が言った。まるで女同士の井戸端会議のような軽快……いや、軽薄さである。
何をどうしたらこんな状況になるのだろう。深夜も深夜、地元では自殺の名所で有名な森で縊死を試みようとしていたはずだが、なんの因果でこんな素性も怪しい軟派な男と死体を埋めるなんてことになるというのか。そんなふうに胸中で毒づくも口にする勇気などあるはずもなく、私は男が積み上げる土を無言でどかし続けていた。
「ところで何で死のうと思ったの?」
「はぁ?」
「お、やっとこっち見た」
ランタンの薄明かりに、男の顔が照らし出される。慌てて視線を逸らすも、反応してしまった自分に腹が立ってしまった。
「ねえって」
「……聞く必要、あります?」
「ないけど」
「ないんかい」
「でもま、どうせ捨てる命なら?別に話してもよくない?」
「なんであなたが決めてるんですか」
「じゃ先にオレの話聞く?」
「いや聞けよ」
「うんわかった」
そう言って男はスコップを立て、そこに腕を組み顎を乗せた。そりゃーもうニッコニコの笑顔で。……計られた。
「……捨てられたの」
仕方なしに話し始める。
「へぇ。誰に?」
「彼氏に。しかも2回」
「あらら」
「一人は婚約までしてたのに」
「そーなんだぁ」
「……そっちから聞いといて反応薄くない?」
「んー思ったより大した理由じゃなかったなーと思って」
「はぁ!?私にとっちゃ死活問題なんだけど!!文字通りに!!」
「あっそれ上手ー」
「嬉しくねええ!!!!」
思わず地団駄を踏むと、ぶに、と柔らかい感触がした。そういや私らは死体埋めてたんだった。私の靴底は男か女かも分からない人の腕を踏み締めている。
「……そうだ」
「ん?」
「殺してよ、私のこと。この人みたいにさ」
踏んでいた腕を蹴るとあらぬ方向へ曲がった。最初から折れていたのかもしれない。この男、容赦ないな。でもまぁちょうどいい。
「簡単なんでしょ?一思いにキュッとやってよ」
「え、イヤだけど」
「…………は?」
「処理する死体増えるじゃん」
「一緒に埋めればいいじゃん」
「その穴誰が掘ると思ってんの。オレの殺しはタダじゃないんですぅー」
「え、じゃあもしかしてあんた殺し屋……ってやつなの」
「そーそー。こう見えて敏腕だから、高ぁくつくってワケ。キミにそんなお金ある?」
「げえ……」
「ま、今はこうしてドジった分手伝ってもらってるからねぇ。その分割引きしてあげてもいいけど」
「ホントに!?」
「だとし・て・も、だ。どっからどう見ても一般人のキミじゃ、到底払い切れる額じゃあないだろうね」
「……何が言いたいの」
男を睨め付けると、奴はにんまりと口角を上げた。
「察しが良くて助かるねぇ。実はオレ、キミのこと気に入っちゃったんだ」
「……は?」
「一目惚れってやつ?」
「はぁ!?」
「だからさ、キミがオレんとこで働いてくれたら、キミは依頼料稼げるしオレはキミといられる。お互い願ったり叶ったりじゃない?」
ど?と、男はあざとく小首を傾げてみせた。
……何が、どこまで本気なのか分からない。そもそも全部嘘かもしれない。
だけど。
「……分かった」
どうせ捨てる命なら。
最初に男が言った言葉を思い出して、私は頷いていた。すると男はぱっと顔を輝かせた。
「ホント?嬉しー。そしたらコレ、ちゃっちゃと処理しちゃおうね。んで必要なものとか明日一緒に買いに行こ」
「必要なものとは」
「もち、オレの住処にキミを招く準備」
「一緒に住むの!?」
「トーゼンでしょ?なにせキミはオレの秘密を知っちゃってるワケ。どーいうことか分かる?」
「…………アッ」
「今後、最低限自分の身は自分で守ってね。あ、それならそれでいっかとかは思わないでね。オレはキミのこと気に入ってるんだから、キミを殺すのはオレじゃなきゃダメ。わかった?」
「……ハイ」
「なら決まり。はーい作業さいかーい」
鼻歌混じりで土を掘り始めた男の傍らで、私はようやく、自分がとんでもないことに巻き込まれてしまったことに気づいたのだった。
後日。
風の噂で、私を振った二人の男が行方不明になったとかなんとかいう話を聞いた。