「どうして海が怖いの?」
いつものように、本丸から海を眺めて呟いたあの一言に返事があった。今までそんなことなかったものだから、オレは目を見張って主をじっと見つめてしまった。
「どうして、って……主は怖くない?」
すると主はうーんと唸り、
「怖いけど、怖くない」
「たはは、どゆこと」
なんだジョーダンかと笑ってみせると、主は本当に不思議そうに首を傾げたかと思うと、あっと声を上げて手を打った。
「人だからかな」
「……どういうこと?」
主はオレの脇を通り抜け、欄干のふちに手をかけた。潮風がオレたちの間を吹き抜けて、寄せては返す波の音がゆったりと響く。
「人はさあ、海から生まれたんだってさ」
「海から?」
「そう。人、っていうか、全部のいきものの命か。いきものは海から生まれて、そのまま海で生きるのと陸で生きるのがいたんだって。そのうちのひとつが人」
何億年も前だって、想像つかないねと笑った主は、生まれたての子どものように無邪気に見えた。
「だからかなぁ。私はさ、もし海で死んじゃったら嫌だな怖いなって思うけれど、体が海に還るって思うと、なんだか怖くないんだよ」
ざあ、と一際大きな波が立った。
その音は、いやに心地良く、そして何より、
「……オレは、」
おそろしかった。
「やっぱり怖いな。海」
主は両眼を瞬かせ、そうしてまたにこりと笑った。
「そっかぁ」
「刀だからかな」
「そうかもね」
「分かり合えないかな」
「いつか分かるんじゃないかな」
「何年後かな」
「そうだなぁ、――」
人とものの境い目がどろどろになって分からなくなるくらいの日にはきっと笹貫にも分かるよ、なんて、あの日の主は言っていた。