「……暑い」
思わずそう独りごちてしまうほど、空と地上では気温に差があった。あった、なんて言葉は優しすぎるとさえ思う。
特に今は真昼、太陽はじりじりとアスファルトを焼いて、その熱が息苦しい空気を作り出していた。風も吹いていないので、よどんだ熱気が全身に纏わり付いて気持ち悪いことこの上ない。
都会はどうも好きになれない。普段はエンジェルアイランドにいるから季節ってもんを感じることはまずないが、そのおかげで、たまにこうして日用品の買い出しや地上で起きているニュースなんかを知るために降りたとき、その対策をすっかり忘れてごらんの有様だ。せめてタオルぐらい持って来ればよかったんだが、今となっては後の祭りだ。すぐ済む用事にわざわざ買うのもばからしく、俺はそのまま街を歩く。
頬を伝う汗をぬぐっていると、小さな公園が目に留まった。ビルとビルの間にあり、子供が遊ぶ遊具もない小さな公園ながら、周囲をぐるりと木で囲って大きな木陰ができていた。ここで少し休んでいくかと、俺はその公園に入っていった。日陰に入るとだいぶ暑さが和らいだのを感じ、息をつく。
水道で顔を洗い水を振るうと(拭かなくったってどうせすぐ乾くだろ)、座るところはないかと辺りを見回せば、ベンチがひとつあるのに気付く。同時に、先客がいることにも。
白いワンピースを着た少女が一人、花飾りのついた麦藁帽子をかぶって本を読んでいた。その光景は、そこだけ季節が違ったように涼しげで、だけどどこか寂しげにも見えた。それほどまでに少女の存在感はどことなく異質だった。
ふと少女がこちらに気づいたらしく顔をあげた。驚いた顔をしていたので、俺は近づいて声をかけた。
「悪い、邪魔したな」
少女は目を何度か瞬かせ、俺の顔をまじまじと眺めている。そんなに本に集中していたのか、それとも話しかけられたくなかったのか。どっちだか分からないが、戸惑ってるならこの場を離れたほうがいいんだろうかと迷っていると、少女は急に笑い出して本を閉じた。
「ごめんなさい。わたし、キミみたいなひとって初めて見たから。びっくりしちゃった」
警戒されてるわけじゃなかったらしい。彼女の明るい笑顔につられて笑う。
「構わねえ。だが俺みたいな、ってのは?」
「なんていうのかな、人間とはちょっと違う種族?のひと」
この街にいるってのに、珍しい感想だ。俺みたいなのはソニックを始めやまほどいるってのに。まあ……「俺自身は」ある意味初めて見たって言われてもおかしくはないんだが、初対面のこいつがそれを知るはずがないしな。
なんて言葉を返そうか考えていると、少女は少しだけ視線を傾ける。
「わたし、外国から引っ越してきたばっかりだから。テレビとかのニュースでは聞いてたけれど」
「ああ、そういうことか」
納得と同時に疑問も浮かんだ。俺たちみたいなのがいない国となると、よほど遠くから来たってことだ。そんなに遠くから、一体なんの用でこの街にきたんだろうか。
「わざわざこの街に、なんで来たんだ?」
「うーん……それはね」
少女は困ったように苦笑して、
「病気でね、手術をうけるためにこの街の病院にきたんだ」
自分の頭を殴りたかった。
「す、すまん!変なこと聞いて」
「ううん、大丈夫だよ」
「なわけあるか!病気のこととか、聞かれたら困るに決まってんだろ!」
「え、あー、ええ?」
「あーくっそ!俺ってばなんでこう……」
こういう時に、自分の頭の悪さに嫌気が差す。これまでに何度も同じ理由で失敗してきたくせに、ちっとも進歩しない。これでも努力してるつもりなんだが……いやこうしてまた失敗してるってことは努力になってないってことじゃねえかちくしょう。
「あ、あの。わたしなら大丈夫だから!そんなに落ち込まないで」
「本当かよ……」
「うん。だって手術、成功したから」
「あ、そ、そうなのか」
胸をなでおろし、安心した俺は大きなため息をつく。それを見ていた少女が、なぜか口元を抑えて笑い出した。
「なんだよ」
「キミ、面白いひとだね」
「はあ?」
「会ったばっかりの人にそこまで感情出せるのって、中々ないよ。でも、ありがとう。すっごく嬉しい」
少女が優しく微笑むので、俺はなんとなく恥ずかしくなって視線をそむけた。
褒めてんだかけなしてんだかわかりゃしねえし……こいつも大概変なヤツだ。
「さて」
不意に少女が立ち上がった。
「そろそろ戻らなきゃ」
「病院に、か?」
「うん。日曜日のお昼だけは出歩いていいことになってるから」
「そう、か」
そうだよな。手術は成功したって言ってたが、それで終わりってわけじゃないもんな。わざわざ外国の病院で手術を受けるくらいだ、きっと重い病気なんだろう。それに、日曜の昼だけ、だとか特定の時間でしか出歩けないってことは……。
「なあ」
「なに?」
「また来週、ここに来いよ。俺もまた来る」
放っておけなくなった。我ながらお人よしだとは思うが、事情を聞いてしまった以上、ここで別れたらきっとずっと気にしちまう。
女はまた目を丸くして驚いていたが、やがて優しく笑って、
「ありがとう。キミって優しいんだね」
「いや優しいっつか……気になるだけっつうか」
自分でも、なんて言ったらいいのか分からない。ただ、一人でベンチに座って本を読んでいたあの姿が、言いようがないくらい忘れられない。
言いよどんでいると、また少女は小さく笑った。
「わたし、未登録名前。あなたの名前は?」
「ナックルズ、だ」
「そう、ナックルズか。また会おうね」
未登録名前は麦藁帽子をかぶりなおすと、手を振りながら公園を去っていった。