午前6時のシンデレラ

 ぶわ、と顔があつくなる。

「、ごめん」

 そう言って私は、目の前でぽかんとしている長曽祢さんに背を向けて、足早にその場を去った。

 秘めておくつもりだった。
 誰にも言うつもりもなかった。
 ずっとずっと胸の奥底で、大事に仕舞っておくつもりだった。
 
 どうして言ってしまったんだ。

 夢を見た。恋焦がれているあのひとが、私に向かって『好きだ』と言ってくれた。嬉しくて、嬉しすぎて涙が出てきたのをあのひとは優しく拭ってくれた。長曽祢さん。うちの本丸に顕現してから、初めて見たときから、今でもずっと好きなひと。
 幸せな夢だった。だけど同時に、ひどい罪悪感も覚えた。あっちは私のことを主としてしか見ていない。そもそもそんなに接点もない。当たり前だ、部下への恋心なんて迷惑でしかないから自分から遠ざけた。
 なのにどうして、ああ、今日に限って。
 目が覚めて、幸福を噛み締めて、部屋を出たら長曽祢さんに会って。まだ寝ぼけてたに違いない、「好き、私も」なんて。
 彼の顔を見ただろう。いきなりそんなことを言われて、唖然としていた。金色の瞳が見開かれ、真っ直ぐ私を射抜くみたいに。
 どうしよう、どうしよう!
 がむしゃらに歩き続けた先は廊下の行き止まり。納戸がひとつあるだけだ。いっそここに閉じこもってしまおうか、そんなことさえ考えながら納戸に手を付いて深くため息を吐いた。

「待ってくれ」

 頭上から降ってくるのは。いつも遠くで聞いていたあの声。凛々しくて、でも優しくもあって。やんちゃな弟も血気の多い新選組も、ひと声でおさまってしまうほど、落ち着いた声。

「……まさかと思うが、ここに隠れる気じゃないよな」

 とん、と納戸にかかる手がもう一つ。私の隣に並ぶそれは、一回りも二回りも大きくて、性別の違いをありありと浮き彫りにした。

「あ、あの」

「……違うよな?」

 どうしてだろう。
 いつも凛々しい声が。逞しい腕が。
 なんだか弱々しく見える。

「か、隠れません」

「そう、か」

 やっとの思いで答えると、彼は本当に安堵したように息を吐いた。

「隠れないなら、聞いてくれるか」

 心臓が跳ねる。断罪される囚人のような心地になり、ぎゅっと目を閉じた。
 ――そのとき私の手の上から、ひどく熱いものがそうっと重なった。

「好き、というのは。おれが想像しているもので間違いないだろうか」

 ひどく熱くて、それでいて、少し震えていた。
 ゆっくりと目を開けて、それから長曽祢さんを見上げた。彼は、まるで迷子の子どものように眉を寄せて、今にも泣き出しそうにも見えた。

「……長曽祢さんが想像してる、って、どういう『好き』ですか」

 ほんの少し。ほんの少しだけ、踏み込んでも許される気がして。

「……あんたは存外、意地が悪いんだな」

 手をついていないほうの手で、長曽祢さんは後ろ頭をがりがりとかく。気まずそうにしている様子が、さっきの私と逆になっていて、なんだかおかしくなる。

「そういう長曽祢さんは、少し子どもっぽいです」

「……こういうおれは、嫌いか」

 私はついに耐えきれず、ふふっと笑ってこう言った。

「好きですよ。ずっと、ずっと前から。私は――」

 夢の続きはもう見ない。ここから先は――