君の音

君の音

 数日して家が出来上がると、未登録名前の勉強会が始まった。主としてナックルズが未登録名前の言葉を翻訳しつつ、テイルスが自宅から持ってきた古い絵本などを読ませているが、ナックルズも人間の言葉全てを知るわけではないため、日常会話をする程度に至るまでまだ当分かかりそうだった。
 合間に自分たちや未登録名前の日用品の買い出しをするが、異性の物をソニックたちが買うには目立ちすぎるので、サウスアイランドの知人女性に頼むことにしていた。知人は訝ってはいるものの、これまでに何度もこの街を助けてくれたから、と詮索はせずにいてくれた。
 夕方になり、買い出しを終えたソニックとテイルスがナックルズの家に戻ると、まだ続いていたらしい勉強の声が聞こえてくる。

「ああ、そこはそうじゃねえって。さっきも言ったろ。発音が……」

 未登録名前の表情を伺うと、すっかり眉を下げてシュンとしていた。それでも、本を握りしめる手は緩まずに、必死で文字を追っている。
 勉強を始めてから、二人はずっとこの調子だった。もともとナックルズは性格が荒く、反対に未登録名前は控えめである。また、未登録名前は自分から提案したことだからと弱音は一度も言わないでいた。
 いたたまれなくなったテイルスは、思わず口を挟んでしまう。

「ナックルズ、もう少し言い方変えられないの?未登録名前はよく努力してるよ」

 するとナックルズは大きくため息をついた。

「あのな、教えるほうの身にもなれって。自分で勉強するよりめちゃくちゃ大変なんだぞ」

「それは分かるけど……そんなに強く言われたって、覚えるものも覚えられないよ」

「じゃあお前が代わりに教えるってか」

「ボクは、……」

「無理だろ?お前だってまだ覚えきれてねえんだ、自分に出来ねえことを人に言うなよ!」

「そんなつもりで言ったんじゃないよ!結局、自分が教えるのめんどうなだけじゃないか!」

「んだと!?」

 その時。
 未登録名前が急に立ち上がり、弱々しい声で確かに言った。

「ごめん、なさい」

 そうして足早に自分の部屋へと向かうのを、三人はただ呆然と見送っていた。
 その夜、未登録名前は夕飯の時間になっても戻ってくることはなかった。

 夜更けになり、ソニックが未登録名前の分の夕食を持って部屋を訪ねると、未登録名前の声が聞こえた。一音ずつ、ゆっくりと、時々つかえながらもこちらの言葉を声に出している。
 ソニックは、部屋のドアを静かに叩く。

「未登録名前。オレだ」

 しばし間があって、それからドアがゆっくりと開いた。未登録名前は肩をすぼめて、遠慮がちにこちらを見ている。

「ホラ。なにも食わないでいるのはよくないぜ」

 食事の乗ったプレートを未登録名前に差し出すと、彼女はうつむき、ぽたりと地面に何かを落とした。涙だった。
 部屋に入り、ソニックはソファに未登録名前を座らせる。その他にはまだベッドとテーブル、小さなクローゼットがあるだけの部屋だが、未登録名前がどこからか摘んできたらしい花が一輪、窓際に飾られていた。

「未登録名前」

 声をかけても、未登録名前は俯いたまま動かない。時折小さな肩を震わせて、ぱたぱたと涙を流すのみだった。ソニックは、未登録名前が泣いているのを見るのは二度目だったなと思いながら、未登録名前の前にしゃがんで視線を合わせる。

「未登録名前が頑張ってるのは、ナックルズだってよく分かってる。だから、力が入り過ぎてあんな言い方になっちまうんだよな」

 意味が通じないのは分かっている。だが今この時に必要なのは何なのか、充分に分かっていた。

「テイルスも心配性だからな。まあ、最初に未登録名前を見つけたのもあいつだから、その気持ちはよく分かるぜ」

 遺跡の地下、テイルスがペンライトを向けた先。未登録名前が身体を丸めて、寂しそうに眠っていた姿を思い出す。

「もちろんオレも。未登録名前のことは心配だし力になりたい。けどそれ以上に、未登録名前が何を考えてるのか知りたいんだ」

 ソニックは、未登録名前の手に触れた。はっとした未登録名前はソニックを見つめる。その表情はあの時と同じ。ここで未登録名前が目覚めたあの時と。

「未登録名前は、どうしたい?」

 この言葉は、未登録名前にも理解できたようだった。

「わ、たし、は」

 たどたどしく声を震わせながら、一生懸命に言葉にしようとする未登録名前を、ソニックはじっと見守っていた。

トントン

 そこへ、部屋の戸を叩く音と何者かの声が二つ。

『未登録名前、俺だ。起きてるか?』

『ボク 謝りたい。君に』

 それは人間が使う言葉だった。けれどもソニックには二人が何を言っているのか理解でき、未登録名前と顔を見合わせて思い切り笑った。
 その笑い声で気付いた二人が、慌ててドアを開けてきた。

「おま、ソニック!いたのかよ!?」

「まーな。お前らがケンカしてるせいで未登録名前がかわいそうだったからなー」

「え、ええっと……本当ごめん」

「それを言う相手はオレじゃないだろ?」

 視線が未登録名前に注がれる。未登録名前は三人の顔を一つ一つ確かめるように見てから、大きな声でこう言った。

「わたし、いっぱい、いっぱい、なかよくしたい。ここ、いたい!」

 その後は、ごめんね、ありがとうの言葉と、明るい笑い声が部屋中に響き渡ったった。