彼女の家を訪ねたが、呼び鈴を鳴らしても出てこなかった。
出かけてしまったのだろうか。しかし、今日は呼ばれてここにきた。
約束を忘れるような彼女ではないことを知っている。なにか急な用事か、それとも。
僕は念のため、ドアノブに手をかけた。すると、なんのひっかかりもなく回った。
無用心な、と思いながら彼女の家に入る。後ろ手で鍵をかけて、部屋を見回すと、電気がついていることに気づいた。
そしてその下、大きめのソファに、小さく寝息を立てて眠る彼女を見つけた。
呼び鈴にも気づかないほど、熟睡しているらしい。僕は笑みをもらして、向かいに座った。
残念だとは思ったが、怒りは湧かない。湧くはずもない。幸せそうな彼女の寝顔を見たら、そんなものどこかへいってしまう。
うん?……寝顔?
「……ん」
彼女が寝返りをうった。その声にどきりとして、思わず彼女から視線をそらした。
そうだった。この家には今、僕と彼女と、二人しかいなくて、彼女は眠っていて。
これは絶好のチャンス……いや待て待て。
寝込みを襲うなど下の下がすることだ。万が一彼女が起きたらどう言い訳するんだ。
しかし。
ちら、と彼女を見る。
仰向けで、呼吸とともに上下する胸。襟元がみだれ、鎖骨が見える。投げ出された足は裸足。
知らず喉元が鳴ったことに気づいて、頭をふるった。
いかんいかんいかん僕は何を考えているんだ。落ち着け落ち着け。
このままではよからぬことをしでかしてしまいそうだ……。
帰ろうかとも思ったが、この家の鍵がどこにあるのか分からない。彼女をこのままにしてはおけない。
仕方がないので、隣の部屋に行くことにした。彼女の寝室だが……ここにいておかしな気を起こすよりいいだろう。
立ち上がり、部屋を出るとき、もう一度彼女を見た。
「…………しゃ、どう……」
かすれた声で、彼女の寝言が聞こえた。
ああこれは限界だなと妙に冷静な自分もいた。
(起きたら覚悟してもらおうか)