呼吸を忘れる魚

かなかなかな。

蜩が鳴き始める夕暮れ、夏特有の分厚い雲が流れて、薄紫色の空があらわになる。

かなかなかな。

ボクらは二人で立っていた。
その、こわいくらいきれいな薄紫色の空を見上げながら、学校から少し離れたバス停にいた。
ボクらの他に待ち人はいない。いや、ボクらもバスを待ってるわけじゃないから、この場合、誰もいないことになるのだろうか。
とにかくボクとセリカちゃんは、小さいけど日よけの屋根があるからと、バス停で並んで立っていた。

「ねえ」

隣を見ずに、ボクは言う。

「前にもこんなことあったの、覚えてる?」

「覚えてない」

セリカちゃんは、なんの迷いもなく声にした。
ボクにはその答えが分かっていたし、セリカちゃんだってボクがあえて言ってるのを知っている。

「じゃあ、」

「佐々木くん」

今度は咎めるように、ボクの言葉を遮って言う。
ああ、やっぱりボク、キミのその凛とした声、

「わたし、佐々木くんとは、付き合えないんだよ」

うん、わかってるよ。何度もしたやり取りだもんね。
でも繰り返さずにはいられない。
少しでもキミとの繋がりを持っていたかったんだ。

かなかなかな。

かなかなかな。

空の色が、薄紫から濃紺に変わろうというところで、二つの影の一方がバス停から離れていった。

かなかな、悲。