ババちゃんの大きな体に包まれていると、まるで頭から丸呑みされるような錯覚を覚えて、いつも少しだけむずむずした。
でもババちゃんはわたしを、特に後ろからぎゅっとするのが好きみたいで、暇があればこうして抱きつくのだった。そのとき、すんすんと鼻を鳴らしているので、多分においをかぐのも好きなんだろう。いつかそのままがぶりと食べられちゃうのかも、と思っているのだけど、ババちゃんは初めて会ったときからわたしを食べようとはしなかった。
「おーい未登録名前、買い出し行くぞ……って、ババのやつまたやってんのか」
「ドレイトンさん」
そうだった、今日は午後からドレイトンさんとお買い物に行く予定だった。
「ね、ババちゃん。わたし行かなきゃいけないから」
ババちゃんは、うー、とも、あー、ともつかない声を出しながらわたしの肩に顔をうずめた。こうなってしまうとしばらく動けそうにない。ババちゃんは一番ちからが強いから、この家の誰にもほどけないのだ。
「しかたねえなぁ。おれだけで行ってくるよ」
「ごめんなさいドレイトンさん」
「いーって。おかげでババのやつが癇癪起こさなくって済んでるんだからさ」
じゃあ行ってくる、とドレイトンさんは手をひらひらさせながら去っていった。申し訳なさを覚えつつも、「家族」の優しさを感じて勝手に嬉しくなってしまう。
家族。この家ではなによりも家族が大事なのだ。強い強い家族の絆に結ばれて、同時に、『この家の隠し事』をばらさないよう見張っている。そんな『家』に『家族』として迎えられたときは腰を抜かして、チョップトップさんにずいぶん笑われたものだった。
それが、今ではすっかりこんな調子で、みんなわたしによくしてくれる。それが不思議でしかたがないのだけど、まぁ、気があった、ということなのかと納得をしつつある。
「ねえ、ババちゃん」
「あー……」
「ババちゃん。ご飯の支度しなくちゃ」
「う……」
わたしの肩にうずめたままなので、唸り声もこもっていてよく聞こえない。でも、結局わたしは彼が飽きるまでこうしてやるのだ。それが家族だから。大好きなババちゃんのためだから。ババちゃんだけじゃなく、ドレイトンさんもナビンズさんも、チョップトップさんも。それからもちろんグランパとグランマだって大好きだ。
「うう……」
それにしたって、ババちゃんはいつまでこうしているつもりなのだろう。食事はババちゃんの担当なのだから、ドレイトンさんが帰ってきたとき支度してなきゃ怒られちゃうのに。どうしようかなぁとあれこれ考えていると、ババちゃんはくぐもった声でわたしの名前を呼んだ。
「どしたのババちゃん」
ババちゃんは声を出すのがにがてなのに、どうしたんだろう。振り返ろうとしたところでババちゃんが体勢を変えた。わたしを膝に載せて向き合うと、ババちゃんはなにか言いたそうに視線をぐるぐるさまよわせた。
「あ、ああ、う……」
急かすことはしない。ババちゃんが嫌がることはしたくないから。それからしばらく唸っていたけど、やがて意を決したようにまたぎゅっと抱きしめた。大きな頭をわたしの胸元にうずめて、息を吸って吐く、を繰り返した。
どうしたの、とは、今度は聞けなかった。その肩がかすかに震えている。マスクのせいでわからないが、泣いているのかもしれない。
「こわい夢をみたの」
そう言うと、ババちゃんの肩がすこしだけはねた。きっと正解なのだろう。ババちゃんの中身はまだちいさい子どもだから、こわいことや不安なことは、どうやって逃せばいいのか分からないのだ。
わたしはババちゃんが大好き。けれどわたしにはなにか特別なちからがあったり、頭がよかったり、ババちゃんを喜ばせるようなものをもっていない。
「こわいなら、わたしを食べていいよ」
だからわたしにはこれしかないのだと、ここに来たときからずっと思っているのに。
ババちゃんは大げさなくらいうめいて首を横に振る。それから腕のちからを強めて、抱きしめるというよりはすがりつくみたいにした。
大きく息を吸って、吐く。
それはまるでたべものを咀嚼するようで。
いつもわたしの背中をぞくぞくさせるのだ。
ああ大好きなババちゃん。わたしがその大きな口に食らいつかれるのはいつになるのだろう。