プリサイス博物館の図書室で、泣いている女が一人いる。
声はあげず、時々鼻をすする音だけが、室内に響いている。
外は天気が悪いからか、利用者は女の他に誰もいない。
「どうして私じゃないんだろうねえ」
その言葉は私に向けられたものではない。
「あいつのこと見てたの、私だけかと思ってたよ」
嬉しそうに、出来たばかりの恋人の自慢をして去っていった男に向けている。
「勘違いしちゃったよね」
珍しく私を、封印の記録を置いて行ったあいつ。
「クルークのこと好きなの、私だけだって思い込んで、ばかみたいだ」
あいつは笑顔で見送った彼女のことを、一切振り返らなかった。
私は、できることならあいつを追いかけて、殴ってやりたかった。
どうして気づいてやれないで、他の女を幸せになんてできるのか。こんなに近くでずっと見てきた彼女のことを、何故。
私は、彼女の想いに気づいていた。本の中から、あいつに向ける視線が友人のそれでないことを幾度も見た。
その度歯痒くなった自分の想いも、知っていた。
「なんで私じゃないんだろう」
まるで呪詛のように彼女はつぶやく。
私は私で、文字通り手も足も出ないこの本の中で、何故私ではないのかと、胸中で繰り返していた。
(けれど魔物の手では彼女を抱けない)