夏バテのせんぱい

「こんにちうわ暑っ!」

部室のドアを開けて、思わず叫んでしまった。
今日は特に暑い日だと授業をうけながら思っていたが、物理部は教室とは比べものにならないほど蒸し暑かった。
確かにここは日当たりはいいけど、窓の向かいはなにもないから、開けていれば少しは涼しくなるのでは。
そう思いながら一歩踏み出すと、なにか柔らかいものに足が当たった。

「せ、先輩!?」

足元をみたらりす先輩がうつぶせにぶっ倒れていた。倒れているが、手に持ったフラスコが割れていないあたりさすがというべきか……って感心してる場合じゃない。
慌てて起こせば、先輩は唸り声をあげて目を覚ました。

「……む。やあ、未登録名前くん」

「やあ、じゃないですよ!一体なにが……」

先輩はうつろな目を何度か瞬かせ、

「ああ、そういえば実験の途中だったな」

倒れたっていうのになにを悠長な、と思ったところで私は気がついた。
この部屋は窓も扉も締め切られていた。先輩は大好きな実験の真っ最中。つまり、先輩はこの蒸し暑い部屋にずっといたってことだ。

「先輩……とりあえず横になって、しばらく休んだほうがいいですよ」

「うーむ、しかし実け」

「実験もくそもありません!日射病甘くみたら死にますよ!毎年何人死んでると思ってるんですか!」

「未登録名前くん、現在は日射病でなく熱中症で、日本では東京だけで平均50人弱が死亡といったところだよ」

「律儀に答えなくていいですから!」

聞いてきたのは未登録名前くんのほうだが、という先輩の声を無視し、私はビニール袋に水をいれ、冷蔵庫から氷を出して放り込む。実験材料の保管という名目で冷蔵庫があるのは助かった。
あと必要なのは、水と塩分の摂取。スポーツドリンクが最適だけど、学校の自販機に残っているかな。

「先輩。自販で飲み物買ってきますけど横になってなかったらそのまま殴打しますからね」

先輩に手作り氷嚢を渡し、窓あけながら言う。

「未登録名前くんよ、気遣ってくれているのかそうでないのか分からないが……」

「いいですね!?」

「う、うむ」

先輩が部室備え付けのソファに横になったのを見て――といっても小さいので先輩の身長では足がでてしまうが――私は自販機にダッシュしてスポーツドリンクを買い、これまたダッシュで戻る。後ろのほうで「ポカリ売り切れてんじゃん!」とかいう声が聞こえた気がするが気にしない。
部室に戻ると、先輩が大人しく横になってくれていたのでひとまず安堵し、買って来た飲み物を渡した。

「ありがとう。すまないな」

「すまないと思うならもっと周りに注意を払ってください」

「これは手厳しい」

と言いつつも、先輩はかすかに笑っていた。

「なに笑ってるんです」

「いやなに。こんなに心配されるのなら、たまには病気もいいかと」

「心配するほうの身にもなってくださいよ」

すると先輩は、片手を私の頭に乗せて、

「未登録名前くんが素直に優しくしてくれるのは、あまりないことだからな」

ぽんぽんと優しくなでる先輩の手は温かく、私は下を向いて黙ってしまった。
窓全開なのに、やけにこの部屋は暑い。