溜まっていた家事を片付け終えると、私はソファに倒れこんだ。ここのところずっと忙しかったけれど、今日はようやく舞い込んだお休み。何もしないで家でゆっくりすると決めていた。
こんないいお天気の日にただぼうっとしているのも、ちょっともったいない気はするけれど。かといって今から外に出たりする元気もないので、私はソファに寝転がったまま目を閉じる。
(ソニックは、どうしているかな)
隙間の時間ができると、決まって彼を思い出す。いつも元気いっぱいで、冒険が大好きな彼は、またどこかへ旅に出ているんだろうか。疲れなんて感じる暇もなく、走って走って走り続けて。今頃どんな景色を見ているだろうか。高くそびえる山か、広大に広がる森の中か。それとも太陽ふりそそぐ海――は、どうかな。ソニックは泳げないし。そんなふうに想像を巡らせていると、じわりじわりと幸せな気持ちでいっぱいになって、自然と笑みがこぼれてくるのだ。
ぴんぽーん
引き戻されて、驚いた私は転がるようにソファから飛び起きた。空想でにやけていた自分に恥ずかしさを覚えつつ玄関のドアを開ける。
そして、目を見開く。
目の前にいたのは、青いハリネズミだった。
「HELLO! 近くに来たから寄ってみたぜ。あ、これ土産」
「え、あ、ありが、とう……」
ソニックから紙袋を受け取っても、いまだ夢の中なんじゃないかって思った。だって、ソニックのことを考えてたら彼がやってくるだなんて!
あ、どうしよう。嬉しくて、嬉しすぎて、疲れているはずなのに彼と一緒にいたいと思ってしまう。けれど確かに体は疲れているから、一緒にいても、ソニックが楽しくないんじゃ、ないかな。
「未登録名前?」
「あ、ごめん。なあに?」
「……な、ちょっとあがってもいいか?」
「え?それは全然、構わないけど」
「よし。さっきの土産、ダックワーズなんだ。紅茶でも淹れてTea timeといこうぜ」
親指たててウィンクする、その流れるような仕草に胸が高鳴る。けれど、きっとソニックは気づいていないだろうな。私は息を整えて颯爽とキッチンに向かったソニックを追うと、「オレが淹れてやるから座っとけ」なんて優しい言葉をくれるものだから、私はますます赤くなる顔を隠さなきゃならなくなった。
というか、いつソニックは紅茶の淹れ方を覚えたのだろう。後ろからでも手つきが慣れているのがよく分かる。確かに私の家にくるのは初めてではないけど、いつもは私が淹れているからソニックが淹れてくれるのはこれが初めてだ。……初めて?思いがけず浮かんだワードに我ながらどきりとする。もしかしてソニックは私のために勉強してくれたのかな、なんて想像も浮かんで、私はソファのクッションに顔を埋めてしまう。私とソニックはただの友達で、そんな夢の中みたいなことはこれ以上起こるはずがないのに。
「For waiting.(おまたせ)」
「あ、……ありがとう」
二人分の紅茶とお菓子がローテーブルに並べられる。カップを手に取ると、ダージリンの甘みを含んだ香りが漂う。一口飲んで、ほうとため息を付いた。
「美味しいよ。すっごく」
「そりゃよかった。実はちょいと緊張してたからな」
正面に座ったソニックが、珍しく照れたように笑った。
「そうなの?なんだか意外」
「おいおい。オレだって、誰かになにかをしてやるときってのは緊張するもんだぜ。慣れないことだと尚更な」
「私には、ずいぶん手慣れてるように見えたけどな。現にすごく美味しいし」
もう一口紅茶を飲んで、ダックワーズを手に取る。かじるとふわふわした食感の間にりんごの風味が広がって、疲れて暗かった気持ちも取り払われていくようだ。甘いものを食べているからか、それともソニックがいるからか。たぶん、きっと両方だろうけど。
それにしても。
私は、ちらっとソニックを盗み見る。同じように紅茶を飲んでいる彼に、どことなく違和感を覚える。彼は常に冒険しているタイプだから、こんなふうに家でゆっくりティータイムだなんて本当に珍しいことだ。
まさか、
「どうした?」
盗み見がばれていたらしい。口元に優しい笑みを浮かべて私を見ている。私は慌ててなんでもないと首を振り、カップの中に視線を落とした。
もし、そうだとしたら、私の気持ちなんてとっくにばれているのでは?察しのいいソニックが気づかないなんてこと、ないんじゃないか?私は、一体どうすれば、
「未登録名前、オレはさ」
「え、うん?」
かたり、とソニックはカップを置いた。
「走ってるのが好きだった。じっとなんかしてられなくて、いつでも刺激を求めてた。けど、ある時気づいたんだ。立ち止まってても、同じ景色を見てても、楽しい気持ちになれることはあるって」
「……どんな、こと?」
ソニックは私をみて、にやりと笑ってみせる。
「好きなヤツがそばにいれば、どんな時でも楽しいってことさ」
これがどういう意味か分かるよな?そう尋ねられても、私の頭は沸騰寸前でまともに答えることなんかできなかった。そのうちソニックが不意に立ち上がったかと思うと、私の肩に手をかけて、影をひとつ落としていった。