めぐる
「え、あ、あれ?」
わたしはポケットの中を一生懸命探った。
けれど期待した、あるはずの手ごたえはない。
手さげかばんのほうに入れたのかも、とかばんの中を探したけれど、やっぱり目的のものはなかった。
うそ、どこかで落とした?あんな大事なものを?
わたしは全身から冷や汗が出るのを感じた。
どうしよう。どうしよう。頭はそれでいっぱいになり、他になにも考えられなくなった。
どこで落としたんだろう。ここに、カカリコ村に戻る前は、どこにいたっけ?
ええと、確か朝起きて、牧場でミルクを買って。それから林で食べられる野草を採って――ああだめ、範囲が広すぎる。せめて村の外に行っていないのであれば、見つかったかもしれないけど。
これでは絶望的だ。わたしはスカートのすそをぎゅっと握り締めて、あふれそうになる涙をこらえていた。
泣いたってどうにかなるものじゃないのに。むしろどうにもならないのに。
自分が悪いのに……。
「ねえ、そこの君?」
不意に呼びかけられた。
一瞬わたしのことだとは分からなくて、振り向いたけど、周りをきょろきょろと見回した。
その様子を見ていた人……わたしに声をかけた青年は、「君だよ、君」とわたしに向かって言った。
「え、と。なにか、用?」
金髪碧眼の、とてもきれいな顔立ちをした青年だった。いや、少年と青年の間くらいかな?
とにかくこの村の人ではないことは、すぐに分かった。初めて見る顔だったから。
青年は左手で、なにかを差し出した。
「これ、君の落し物じゃないかな」
「あ!これ!」
それはまさにわたしが捜し求めていた、一枚のハンカチ。
「ありがとう!もう見つからないと思った……!」
両手でハンカチを受け取ると、わたしはぎゅっと胸に抱きしめた。
「とっても大事にしてるんだね」
他の人からしたら、ただの水色の……いや、もうだいぶ古いものだから、少し色あせてしまったハンカチに見えるだろうけど。
わたしにとっては、一生の宝物だ。
「うん。これは……昔出会った子がくれたの」
「なんていう子?」
「うーん……それが名前を聞きそびれちゃって。もう7年も前だから、顔もよく覚えてなくて……でも」
「でも?」
「不思議な子だった。わたしと同じくらいの年なんだけど、なんていうのかな。雰囲気がね、大人びてるっていうか、とにかく不思議で。少ししか話はしてないんだけど、引き込まれるような感じがして」
「……そうなんだ」
「まだ城下町が賑わってたころ、わたしがその子と別れたくないよーってぐずってね。あ、その子旅をしてるって言ってたから。それで、その子がじゃあいつでも僕を思いだせるように、って、その子の瞳と同じ色をしたこのハンカチを買ってくれたの。それからは、これがわたしの宝物なんだ」
あの時のことは、今でも忘れない。
顔は思い出せなくても、笑い声とか仕草とか、手のひらの暖かさだとか。
「また何回でも会えるよ」って言ってくれた言葉だとか。
思い出せるものは他にもたくさんある。
わたしの、もう一つの宝物だ。
「あっごめんね、一方的にこんなこと話しちゃって……」
初対面の人にする話じゃなかったと思い、慌てて謝る。
けれど、青年はなぜか嬉しそうだった。
「気にしないで。いい話だったよ」
青年が微笑んだ。その笑顔があんまりきれいだったから、わたしは少し照れくさくなって視線を泳がせた。
「そういえば、どうしてこのハンカチがわたしのだって分かったの?」
嬉しくて忘れていたけど、この人とわたしは初めて会うから、これがわたしのものだっていうのは、知ってるはずないと思うんだけど。
「君から落ちていくのを見たからだよ」
「あ、なんだ。そうだったの」
それなら、納得。
「ねえ、よかったらお礼がしたいんだけど……」
わたしの大事なものを拾って届けてくれたから、どうしてもなにか、お返しがしたかった。
けれど青年は少し困ったように頬をかいた。
「ごめん。これから行かなきゃいけないところがあって」
よく見ると、青年は背中に剣と盾を背負っていた。
じゃあこの人も旅をしているんだ。
それなら引き止めるわけにはいかない。
「そっか。それなら仕方ないね」
仕方ないけど、残念だ。その気持ちが隠せず、わたしはうつむいた。
旅の途中ということは、これから遠いところに行くんだろうか。
今度は、いつここに来るんだろうか。
それとも、もう。
「また何回でも会えるよ」
弾かれたように顔をあげた。
「それじゃあね」
わたしがなにか声を出す前に、青年は立ち去ってしまった。
あの言葉は。でも。彼は。
わたしは、青年が立ち去ったほうを、いつまでも見ていた。
記憶は
わたしは、買ってもらったハンカチを見つめながら、昨日の少年のことを考えていた。
名前、ききそびれちゃった。わたしも名前、教えてない。
また何回でも会えるって、言ってたけど、旅をしてるなら、今度いつここにくるかわたしには分からない。
でもまた会いたい。もっときみのこと、知りたいよ。
はあ、とため息をつく。すると頭上から影がふってきて。
顔をあげると、
「きみ!」
「言ったでしょ。また何度でも、って」
少年はにこっと笑って、こう言った。
「名前、教えてなかったと思って。僕はリンク。君の名前は?」
わたしは元気よく、惜しみない笑顔を向けて答えた。
「わたしは未登録名前!よろしくねリンク!」
(リンク、っていう子だったよ)
(そうなんだ。僕も、リンクっていうんだよ)
(え……?じゃ、じゃあ)
(また会ったね、未登録名前)
――そうしてまた、何度でも。