始めの日
まだ幼い男の子が、一人で町の宿屋に泊まっている。
という話を聞いて、わたしは好奇心からその男の子を訪ねることにした。
ハイラル王国から来たらしくて、馬を使ってここまできたとか。随分遠くからきたんだなあ。
わたしはわくわくしていた。わたしはこの町から出たことがないから、仲良くなって旅の話をいっぱい聞かせてもらおう。
歳は多分同じくらいだよって、宿屋のおかみさんが言ってた。だからきっと仲良くなれる。
どきどきしながら宿屋までいくと、おかみさんから「その子なら、海が見たいって外に出て行ったよ」と聞いて、ちょっとだけがっかりした。行き違いかあ。
この町は、西側が海に面している。小さいながら港もあって、そのそばには公園がある。行くとしたら、そのどちらかだろう。
そう思ったわたしは、まず公園をのぞいた。夕方に差し掛かった公園は、人影もなく、静かだった。昼間なら、少しくらい子供がいるのだけど。
いや、ひとつだけ影がある。公園の奥、西日を見つめて、緑色の服を着た子が柵に寄りかかって海を見ていた。
きっとあの子だ。間違いない。わたしはまたどきどきして、その子に近づいていった。
「あ、あの」
思い切って声をかけた。男の子は振り返る。
……きれいな子。
第一印象は、そう。子供なのにきれいって、なんだかおかしいけど、でもわたしはそう感じた。
さらさらした金髪に、空のような青い瞳をしていて、わたしはいっそう、心臓が高鳴った。
「あなたが、この町に来たっていう旅人さん?」
「うん、そうだよ」
男の子は微笑む。なんてきれいに笑うんだろう。
「わたし、未登録名前っていうの。よかったら、お話しない?」
「いいよ。僕はリンク」
リンクくん。心の中で復唱して、リンクくんの隣に並んだ。
夕日はもう海に沈みかけていて、海を赤く染めていた。
「ねえ、リンクくんはハイラルから来たんだよね。ハイラルに海はあるの?」
「ううん、ない。だから、海を見るのは初めてなんだ」
リンクくんは海を見つめながら言った。
わたしは、そこで違和感を感じた。どうしてだろう。別におかしな言葉はなかったのに。
そう、言葉は。
「僕、湖しか見たことないから、こんな大きなものだとは思わなかったよ」
「そ、そっか」
わたしの言葉がぎこちなくなる。
さきほどとは違う理由で、胸がどきどきしていた。
「いい町だね。ここは」
「……ありがとう。わたしも、この町が好きなんだ」
自分の生まれ育った町が好き。
ごく当たり前のことだと思うけど、今のわたしはそう返すのが精一杯だった。
けれど、リンクくんは。
「……故郷が好きって、いいね」
あ、まただ。
また、違和感。
「わ、わたし、そろそろ帰らないと!お母さんのお夕飯の手伝いしなきゃ」
なぜだか、そこにいるのがとても辛くて、わたしは適当なことを言った。
「そっか。それじゃあね」
リンクくんはきれいに笑った。
きれいな笑顔。きれいな――
「また、会える?」
わたしはそう口にしていた。
自分でも、どうしてそんなことを言ったのか、わからなかった。
でも言わなければならない気がして。
リンクくんは少し驚いたような顔をして、またきれいに笑った。
「会えるよ」
その言葉に顔を輝かせて、わたしは少し離れてから大きく手を振った。
「また、あーしーたっ!」
友達に言うみたいに、元気に言った。リンクくんも手を振りかえしてくれて、嬉しくなったわたしは、何度も何度も振り返りながら、家に帰った。
「明日、かあ」
少年は少女の去ったほうを見つめながら、呟いた。