寂しがりの応酬

 暇だ。暇すぎる。暇が売れたら大儲けできるくらい暇だ。

「シャドウー。ねーシャドウー」

「うるさい、気が散る」

 さっきから何度も呼びかけているが、シャドウはローテーブルの上に広げたノートパソコンから目を離さずに同じ返事しかしてくれない。観念した私はクッションを枕にソファに寝そべった。
 昨日の電話で、シャドウはいつ休みなのと聞けば明日だと答えたのでいそいそとマンションまで遊びにきたが、昼頃に私が来たときからずっとこの調子だ。休みじゃないじゃないか。っていうか休みあるならもっと早く教えて欲しい。仮にも私は恋人なのだし。……自分で『仮にも』なんて言ってしまうのがめちゃくちゃ悲しいけど。
 もう一度、シャドウを見る。相変わらず、視線はパソコンに向かったまま。なんだこれ、私いる意味あるのかな。もう帰っちゃおうかな。

「帰ろうとするな」

 心臓が跳ね上がる。

「シャドウって心も読めるの」

「君限定でな。顔を見ればそのくらい分かる」

 はあ、それって私が分かりやすいってことですかそーですか……ってちょっと待て。シャドウはずっとパソコンに向かってて、私のことなんか全然見てなかったはず。
 なのに。
 がばっと起き上がって、枕にしていたクッションを抱きしめた。

「シャドウ。帰るのやめた」

「……そうか」

 心なしか声が優しくなった気がして、私は自然と笑顔になる。

「帰ってほしくないんだもんね?」

 もう一つ、気づくのが遅れたことを口にしてみると、返事の代わりにシャドウの額にシワが刻まれた。その意味が分かった私はますます気分良くシャドウを見つめる。このままシャドウを待ち続けても、きっとさっきみたいな気持ちにはならないだろう。

「……全く」

 ため息とともに、パソコンが閉じられた。あれ、と思う間もなくシャドウは私の手を取って立ち上がらせた。

「これから出かける。準備してこい」

「えっ……ええ!?急すぎ!ってか仕事は!?」

「昨日からほぼ徹夜だ。今日を休みにするために。時間は……午後6時か。急げ。ディナーの予約をしてあるからな」

「いっいつの間に!?」

「うるさい早くしろ」

 急かされて、隣の部屋に駆け込んで服装を正してから化粧を直し、バッグを確認して戻ると、シャドウはすでに玄関を開けて待っていた。急いだおかげで息が上がり、胸を押さえて深呼吸する。

「も、もう……本当、もうちょっと早く言ってよ……そしたらもっと可愛い服とか着てきたのに」

「いつもと変わらん」

「ひっど!私だってシャドウが気に入るようなのとか色々――」

「違う」

 ぴしゃりとした言葉に声を詰まらせる。ややあって、シャドウは私を見ないでこう言った。

「……いつもの君が好きだと言っている」

「え、と」

「早く行くぞ。予約時間まであと30分しかない」

「うええ!?間に合うの!?」

「何の問題もない。……それと」

 シャドウはカオスコントロールでもするつもりか、私を横抱きした。目まぐるしくかわる状況について行けずついにリアクションを失うと、シャドウの顔が寄せられて、

「夜も帰さないからな」

 瞬間まばゆい光に包まれ、オートロックドアが、バタン、と閉まった。