少女漫画のアウトサイド

「ないわー」

 思わず口にした瞬間、ガチャッと生徒会室のドアが開き、入ってきたのは我らが王様、跡部景吾様だった。

「……何がねえんだよ。アーン?」

 案の定誤解した跡部様は、思い切り私を睨みつけた。美人が怖い顔すると迫力倍増だから勘弁してほしい。

「いや跡部様のことではなくてですね。この漫画に対して思わず口にしてしまいました」

「んだよ、勘違いさせんじゃねえ」

「はぁ、こりゃまた失礼しました」

 曲解したのはそっちじゃないか、という言葉は今後の人間関係を円滑にするために飲み込むが「言い方が古いんだよ未登録名前は」と吐き捨てられた。だが跡部様の麗しいお顔に刻まれていたシワは程なく緩み、ハッと笑いながら定位置である豪華な生徒会長の机についた。ちなみに私は二年の書記なので普通のデスクである。今は昼休みなので自由にしていたわけだ。

「で、何がねえんだ」

「この少女漫画の展開です。友達が、『超泣けるから!絶対読め!』って強引に押し付けてきたんですが……路上で不良に絡まれた女の子が、イケメンで頭が良くて性格もばっちりな男の子に助けてもらって恋するんですよ。現実じゃありえなくないです?」

 そう言って跡部様に漫画の表紙を見せるように掲げると、せっかく取れたシワがまた刻まれた。

「普通はねえな」

「ですよねー」

「だが、普通にないから漫画なんじゃねえの。女はそういうの好きだろ」

 その発言にはぎょっとした。

「え、跡部様興味しんしん丸ですね」

「テメェはいちいち言い方が古い。……空想でくらい夢見たっていいんじゃねえかって思っただけだ」

「意外ですね。てっきり『そんなモン読んでる暇あったら俺様に酔いな』ぐらい言うのかと思――痛ァ!」

 すっ飛んできたメモ束が見事額に命中し、私は漫画を取り落としてしまう。借り物なんだけど。やっぱり声マネしたのが気に食わなかったんだろうか。意外な発言を連発したのでつい調子に乗ってしまった。しまったしまった島倉千代子。

「ああでも島倉千代子は故人だしなァ……」

「……古い上に意味も不明か」

 落ちた漫画を拾おうと屈めば、頭上から心底呆れたような声が降ってきた。そんな独り言にまでツッコミ入れられても困るというか、跡部様は律儀だな。そういう所が王様たる所以なんだろう。
 漫画を拾い上げてホコリを払っていると、跡部様がじっと見つめていた。そんなに気になるのかこの漫画、と思っていると、

「未登録名前は」

「はい?」

「どういう場面だったら色恋が始まると思うんだ?」

「私ですか?うーん……あいにく一目惚れを信じないタチで」

「ハッ、だろうな」

「むむ。ドキっとする瞬間くらいはありますよ。例えば、自分に出来ないことが出来る人なんか見た時なんかグッときます。スポーツとか」

「……ほお」

 含みのある相槌を打たれ、どういうことか尋ねようとしたのだが、間の悪いことに予鈴がなってしまいそれ以上の会話はなかった。
 後日、跡部様から練習試合を見に来いとわざわざ自宅まで車を横付けしてきたのだから私は度肝を抜かれるこことなる。なぜ。