わたしには、好きなひとがいます。
「こんにちは。ビッグ君、かえる君」
ミスティックルーインの端っこ、ビッグ君のおうちを訪ねれば、彼とそのおともだちはいつものように川べりで釣り糸を垂らしていた。ビッグ君はわたしの声にかたほうだけ耳を立てて、大きなからだをこちらに向けた。
「こんにちは、未登録名前」
ビッグ君ののんびりとした声に頬を緩ませながら、わたしは小走りで駆け寄った。
「今日もね、お弁当を作ってきたの。お昼がまだなら、どうかな」
「うわぁい、ありがとう」
持ってきたバスケットを見せると、ビッグ君は釣り竿から手を離して座り直してくれた。かえる君も嬉しそうに、ビッグ君の頭の上で飛び跳ねていた。
彼はからだがおおきいからたくさん食べる。用意するのは大変だけれど、作っているあいだじゅうビッグ君のことを考えていられるのはしあわせなことだと思った。
「今日はどう?つれた?」
「あーんまりー。でも、」
「でも?」
「釣りしてるだけで、楽しいからー」
「ふふ、そっか」
「うん」
お昼を食べながら、こうやって何でもない話をするのが、一番好き。彼と一緒ならどんなお話だって嬉しくてたのしくなるから、ビッグ君はとてもふしぎなひとだと思う。都会の喧騒なんかはまるきり届かないような、この場所も大好きだ。
初めて会ったのは、ステーションスクエアだった。あのときは街がエッグマンに襲われていて、ひとでごった返した中をわたしも逃げまどっていた。こわくて、心ぼそくて、泣きだしそうになるのをぐっとこらえていたけれど、だれかに押されて転んでしまい、膝をすりむいた痛みで涙があふれてしまった。押したひとも誰かわからない、泣いてるわたしを振り返るひとも誰もいない。さびしくてもううごけない、そんなふうに思って地面にへたり込んでいたとき、大きな大きな手がわたしの前に差し出されたのだ。
「だいじょうぶー?」
釣り竿を肩にかけた大きなネコは、周りの騒がしさとはかけはなれた声でわたしの前で膝を折っていた。びっくりしたわたしは涙もとまり、何回かまばたきしたあとその大きな手に自分のものをかさねた。
あの時から、ビッグ君はわたしのヒーローだった。騒動を解決してくれたのはおなじみの青い彼だけれど、手を差し伸べてくれたビッグ君のあたたかさは、わたしの中でいちばんきらきら輝いていた。だから、彼はわたしのヒーローなんだ。
ふっ、と疑問がうかんだ。ビッグ君は、あの時のことをおぼえているだろうか。わたしがこうしておうちを訪ねること、なんでかって分かってくれてるだろうか。もしかしたら、ビッグ君はやさしいから、気にしていないだけなのかもしれない。だって彼は一度もあの時の話をしたことがない。
一度そんなふうに思いはじめると、不安が、とまらなくなってしまう。
「未登録名前?」
はっとすると、ビッグ君が首をかしげながらわたしを覗きこんでいた。わたしは慌てて「なんでもない」と言い、すっかりカラになったバスケットを抱える。
「ごめん、今日はもう帰るね」
こんな気持ちでビッグ君のとなりにいるのがなんだか辛くて、わたしは逃げるように背をむける。その瞬間、足がもつれてバランスが崩れた。
「――!!」
倒れる。ぎゅっと目をつぶった。だけどわたしのからだは、あたたかいものに支えられていた。
ビッグ君がわたしの腰に腕を回して、しっかりと抱えていたのだ。
「あーぶないよー」
「ビッグ、くん」
「未登録名前はー、初めて会ったときからー、あぶなっかしーよ」
初めて会ったとき。
その言葉に、わたしは目の奥がじんと熱くなった。
「ありがと、う」
わたしはそのまま、ビッグ君のおなかにしがみついた。泣いているのをみられたくなくて、でもビッグ君のあたたかさに触れていたくて、真っ白くてやわらかい毛に顔をうずめた。
ビッグ君は、なにか考えたふうで小さくうーんと言ったあと、もうかたほうの腕をわたしに添えてくれた。その手はやっぱり大きくて、あたたかくて、とっても安心できる手だった。
遠くのほうで、かえる君がけろけろと鳴く声が聞こえた。
わたしには、今でもずっと、好きなひとがいます。