惑星・フリーダム

惑星・フリーダム

 一筋の青い風が駆け抜ける。草原を駆け、川を滑り、森を抜けて岩山の頂上まで登ったとき、風は足をようやく止める。風の名は、ソニック・ザ・ヘッジホッグ。音速で走る青いハリネズミである。彼はその俊足と、自由な冒険心をもってこの惑星フリーダムを常に旅してまわっている。
 不意に、ソニックは体を丸めて岩山を転がり降り地面につくとまた駆け出した。向かった先は、小さな機械遺跡。その傍らには、一隻の赤い複葉機があった。

 惑星フリーダムには、かつて人間がいた。人間たちは今よりも遥かに発達した文明を築いていたが、500年ほど前に起きた人間同士の大きな戦争を最後とし、今ではソニックたちのような獣人と、人間の混血がわずかばかり残るのみである。その爪痕として、フリーダムには人間たちが残した遺跡が点在している。惑星を浮遊する「天の大地」にはあまり大きな遺跡は残っていないが、惑星の内側にある「闇の大地」と呼ばれた地域では多く残っているというが、戦争の余波で大気汚染が進み、踏み入れるのは容易ではない。なので、学者が人間の文明を調べるときなどは、ここ天の大地に残されたごく少数の遺跡を調べている。
 ソニックが降り立ったこの遺跡は、政府の調査機関の発表で人間の住居用だったことが分かっている。確かに外観はレンガを積み上げた、現代にもあるような一軒家で、中にあった機械設備なども生活のためであるものが多く、歴史的価値は乏しいとみえる。だから政府はこの遺跡の調査をすっかり放ってしまっているのだが、ソニックの相棒である二本の尻尾をもつ小狐、テイルスはこの遺跡に興味があるらしい。旅に出る前にもずいぶんと調べていたことをソニックは思い返していた。
 いくつかの壊れた扉をくぐると、小さな部屋に行き当たった。壁にはモニターが埋め込まれており、その下には操作盤が設置されている。その横で、ゴーグルをつけて忙しなく機械を操作している子狐がいた。

「テイルス」

 ソニックが呼びかけると、テイルスはくるりとこちらを振り向いた。

「ソニック!帰ってたんだ」

「ついさっきな。テイルスは、まだこの遺跡を調べてたのか」

「うん。この遺跡には、まだ何かあるような気がしてさ」

 テイルスは、弱冠8歳にしてIQ300以上の頭脳をもつ天才的な科学者である。彼の発明品は世界中に知られており、特許も数多く取得している。そんな彼がこの遺跡にこだわる以上、まだ解明されていない謎があるのだろう。政府の発表よりも、ソニックは相棒のカンを信じている。だからこそ、もともとは自分の所有であった複葉機「トルネード」をテイルスにあずけていた。
 とはいえ、技術者でないソニックがテイルスの手伝いをするわけにも行かないため、ソニックは床に並べられた発掘品を眺めることにした。発掘品は、食器のようであったり、風化した本であったり、用途不明の機械であったりと形は様々であるが、生活用品であることがうかがえる。とすると、やはりこの遺跡は大昔の住居だったのだろう。ただの住居にまだ謎があるとするなら、一体どこに隠されているのだろうか。

「……?」

 発掘品の一つに、キラリと光るものがあった。そっと持ち上げて土を払うと、それは小さな首飾りだった。金属は赤錆びているものの、飾り部分にはめ込まれたなにかの鉱石は光をうけて反射している。

「ああ、それただのガラスだよ」

 作業を再開していたテイルスは、手を止めてゴーグルを押し上げた。

「そうなのか?キレイなのにな」

「錆びちゃって、ちょっと勿体無いけどね」

 ソニックは、何とはなしに首飾りを掲げる。遺跡の屋根が落ちた部分から入り込む太陽光が、ガラスを透かして一層きらきらと光った。
 その時だった。
 がくん、とソニックが立っていた床が抜けた。

「うわっ!?」

「ソニック!」

 テイルスが慌てて手を伸ばすが落下速度のほうが早かった。そのままソニックは床下へ転落、突然のことで態勢も整わず思い切り背中を打つ。幸いなことに高さが2mもなかったようで、大きな怪我はせずにすんだ。

「大丈夫?」

 ヘリテイルで飛んできたテイルスが、心配そうにソニックを起こした。

「Oops… 背中打っただけだ。しっかしなんなんだ一体……」

「足元にこんな空間があったなんて全然分からなかったよ。地中レーダーも使ってたはずなのに……ねえ、あれ!」

 テイルスがペンライトをかざすと、前方に機械が見えた。ガラスの円筒を横倒しにしたような形をしており、わずかな光を放っていることからまだ動いている事がわかる。テイルスとソニックは顔を見合わせ頷くと、ゆっくりその機械に近づいた。機械を覗き込んで、言葉を失う。
 知識としてしか知らない生き物。人間が、機械の中で胎児のように体を丸めて眠っていた。
 フリーダムの人間は大昔の戦争で全て滅んでしまっているが、獣人たちの中には人間の血を受け継ぐ者もいる。そういう者でも耳の形が違ったり尻尾が生えていたり、どこかしらに獣人の要素があるが、ここに眠っている者はそのどれとも違っていた。
 純血。これが本当なら、500年ぶりのこととなる。

「そ、ソニック……」

 どうしよう、と言いたげなテイルスの表情を見て、ソニックも唸ってしまう。未だ頭の整理がついていないために、どうすればいいかなどは浮かんでこない。
 この発見を政府に報告するのか?それとも黙っていた方がいいのか?そもそも、この中の人間は生きているのか?様々な思慮が浮かんでは消える。思わず機械の表面に手が触れた。
 その瞬間に、ぱっと機械の表面を光が走った。光は幾何学模様を描きながら機械全体を走り抜け、終えるとすべての光を失った。そして、ゴウンという重々しい音とともに、円筒の上半分がスライドし、開いた。
 人間が、起き上がる。ソニックたちの基準で同じだとするなら、14,5の少女であった。

「otoesn docoe ?」

 一言だけ、少女はそう言うと、ふらりと倒れ込んでしまう。テイルスが慌てて少女の手を取ると、脈はあるので気を失っただけらしかった。

「ずっと眠っていたから、急に動いたせいだと思う……ねえ、ソニック。この子」

「……とにかく、場所を移そう。ここじゃどうにもならない。テイルス、先に行って引き上げてくれ」

「わ、わかった!」

 テイルスが上階へ飛んだのを見送って、ソニックは少女をそうっと抱き上げる。眠り続ける少女は、初めて見た人間にも関わらず、自分たちとなにも変わらない気がしていた――