拗れて捻れたパラドクス

 白い服。杭が刺さった十字架。大きな羽。金色の髪。
 そして、泡。

「……なんだ、その目は」

 金色の隙間から、鮮やかな赤い色の目がのぞく。チリチリと焼けるような視線を投げるので、私はぱちりとまばたきをした。すると私を包んでいる培養液が揺れて、小さな気泡がぷかぷかした。

「全く、気に入らないな。その目は」

 上級天使様は私が横たわっているカプセルに一歩近づいて、顔をちかづけた。相変わらず神経質そうな顔をしながら、眉間にぐっとしわを寄せる。

「あの時も、同じような目をしていたな。わたしがお前を知覚にすると言い渡した時。お前はまっすぐわたしを見ては、あなたの役に立てるなら、と言った。……いや、それよりも前か、わたしが階級を上げて、羽を大きくしてやると言った時、違うな、マルクトへ入団した時、いや……くそ、」

 どん、カプセルが揺れる。上級天使様がカプセルにうつ伏せたからだ。でも、腕を下にしているので、こちらからは顔がわからない。唯一うかがえる口元は、ひどくつらそうだった。

「わたしが何をしても、何を言っても、お前は反抗しない。喜んで、と全て受け入れる。自分の言葉は一切、口にしない。わたしにはそれが、」

 ぎり、と口をひき結んだ。彼が何を言いたいのか、私には分からなかったけれども、痛そうに、苦しそうにしている上級天使様を、なんとかしてあげたいと思った。できることなんて、今の私にはまばたきしかないのだけど、何かしないでいるのも悲しかったので、私はぱちり、まぶたを動かした。

「……おかしいだろ、こんなのは」

 かすかに、口元が緩んだ。

「お前をこんなにしておいて、今考えているのは、どうすれば良かったんだ、という言葉なんだ」

 どうせ何もかもが歪んでいるなら今更だ、と言う口元に、なにかきらきらするものがつたい落ちた気がするけれど、すぐに上級天使様が顔を上げてしまったので、私にはもう知るすべがなく、できることといえばやっぱり培養液をほんの少し揺らがせることだけだった。