「なあ、もういっぺん言ってみろ」
明らかな怒気を孕んだ声に、わたしは思わずのけぞった。どこまでも高い矜持を持つ彼の逆鱗に触れたということが、冷や汗が出るほど恐ろしかった。それなのに、わたしにはその理由が分からないのだ。しばらく近侍を努めてくれたお礼として、彼が以前より飲みたがっていた酒を差し入れて、機嫌よく一緒に飲むかと誘ってくれたから、こうして夜半に二人で飲んでいたはずなのに。
「ご、ごめん、なにか気に障ることを」
「分からねえのか」
刺すような視線。気圧されながらも、ゆっくりと首を振った。
わたしには分からない。日本号がなにに怒っているのか。
直前の会話を思い返す。確か、そう、わたしの話をしていた。わたしは自分に自信がないから、日本号が羨ましいと言った。
天井知らずの高い矜持を持ちながら、それに見合うだけの確かな才覚がある。奔放な見た目とは違い立ち居振る舞いはまさしく正三位の名に恥じることはない。反して、わたしといえば審神者とは名ばかりの、軍を率いる才能もなければ高い霊力があるわけでもない。できることと言えばわたしの代わりに戦ってくれる彼らをこうして労うくらいしかないのだ。
もし、それがおせっかいなのだとしたら。
ひとつの可能性に行き当たり、さっと血の気が失せる。
「俺はなぁ」
肩が跳ねる。まともに日本号も見られなくて、視線は畳に落ちた。
「自慢の主を貶されんのが大嫌いなんだよ」
今度は、わたしが目を見張る番だった。
落ちていた視線はもう一度、日本号に向く。彼は盃になみなみ注がれた酒を一気に煽り、息を吐くとわたしを見た。その目元は、ゆるやかな弧を描いている。
「この俺を扱ってんだ、相応の自信を持ちな。それとも俺たちの誰かがあんたに不満を言ったか?」
「……聞いたこと、ない」
「だろうよ」
はは、と軽く笑う日本号を見つめたまま、わたしは熱にうかされたようにぼうっとしてしまった。
自慢の主。はっきりと、彼はそう言ったのだ。
「ありがとう、日本号。あなたにそう言ってもらえるの、すごく嬉しい」
思わず滲んだ涙を拭いながら日本号に笑いかけると、彼は急に真面目な顔になって盃を脇へやった。あれ、またなにかしてしまったのかと身構えていると、日本号は畳に手をついてわたしに迫る。
「にほん、ごう?」
「あのな」
「な、なに」
日本号の、あの精悍な顔が間近にある。それだけでわたしの心臓はばくばくと鳴った。
「自慢の主で、好いてる女が、こんな時間に部屋にやって来た俺の身にもなれよ」
鳴っているのは、わたしの心臓だけでは、なかったらしい。