日本号は優しい槍

–いかがわしい

 日本号という槍は、優しい。

 酒が好きで、常に酔っ払ったような声で軽口を飛ばしているくせに、相手のことをよく見ていて、その深い懐で包み込んでしまうのだ。
 だから、わたしのこんな『お願い』にも、彼は優しく応えてくれる。

「は、」

 途切れかけた呼吸を呼び戻す。そのために開かれたくちびるを、彼は逃さないとばかりに自身のそれで塞いだ。熱い。溶ける。うえも下もどろどろになって、まざりあって、境目なんかとっくにわからなくなっているはずなのに、頭のなかは妙にはっきりとしていて、きっともうひとりの自分が「これはいけないことだ」と言い聞かせているに違いなかった。わたしはそれに気づかないふりをしていた。ずっと、ずっと。

「あっ」

 深くえぐられた場所が震える。

「ここ、か」

 日本号が、より深いところをえぐる。

「や、だ」

「やだ、じゃねえ」

「でも、」

「嫌なのか?」

 ぴたり、動きを止めてわたしを見た。
 どこまでも深い藤色がわたしを見下ろしている。戦闘時、興奮時などに赤く染まるはずの彼の瞳は、平時のそれとなにひとつ変わらなかった。そう、望んだのはわたしだった。彼にそうしてくれと願ったのはわたしだった。馬鹿みたいになりたかった。そうしていれば届かない想いのことなんか忘れられると思った。だから優しい日本号に『お願い』をした。痛くて、苦しくて、ひどいのがいい、と。

「嫌なのか」

 再び動き始めるそれに、わたしの背中がぞわりと疼く。まるで、蛇が這い回るような感覚。絡めとられて、がんじがらめにして、指一本動かせなくなるくらいわたしの身体に巻きついてくる。

「や、じゃ、ない、……だから」

 先のことばは、ひどく優しいくちびるに呑み込まれた。