酷い悪夢だった。詳しいことは覚えていないが、大事にしていたものを壊される夢。気分が悪い。刀剣男士を預かっている身としては、なんて背筋がぞっとする内容なんだ。上体を起こして両手を握り、現実であることを確かめてもまだ胸のうちに気持ち悪さが消えなかった。
ふと時計を見ると、もう少し眠っていても問題なさそうな時間だった。けれど寝直すとさっきの悪夢の続きを見てしまいそうな気がして、それならいっそ起きてしまうほうが気も晴れるだろうと思った。
朝に動くのは、低血圧なのもあってあまり得意じゃない。本丸のみんなはそれを知っているのでわたしがこんなに早くから起きてきたらびっくりさせてしまうかも。そう思い、誰にも会わないようこっそり庭に出た。
「あ、」
「ん?」
赤いジャージが視界に飛び込む。そこにいたのは長曽祢さんだった。そういえば彼は毎朝のランニングを日課にしていると聞いた気がする。うっすらと汗をかいているところから、帰ってきたところなのだろう。
「おはよう、主。随分早いなあ」
「あー、ちょっと、目が覚めちゃいまして」
なんとなく気まずくて視線を迷わせがちになってしまう。それを見透かしてか、長曽祢さんは首元のタオルで汗を拭うとわたしに一歩近づいた。
「表情が暗いぞ。なにかあったか?」
金色の瞳が心配そうに覗き込んでくる。わたしはどうも、この目に弱い。これでは逃げられそうにないと観念して、洗いざらい吐き出すことにした。
「ちょっと、嫌な夢を見てしまって……寝直そうかなーとも思ったんですけど、夢の続きを見てしまいそうで怖くて」
言いながら、なんて子どもじみた理由なんだろうと赤面してしまう。彼らの主として頼りないところは見せたくはないのに。
すると長曽祢さんは、ふむ、と少し考えるそぶりを見せてから、
「それなら、おれと少し話でもしようか。気が紛れるだろう。眠くなったらおれが部屋まで運ぶ」
「え、で、でも」
「ん?ああ、もちろん汗は流してくるぞ?」
「そ、そうじゃなくて……」
主としてそんなふうに甘えるのはどうかと思うし、自分の夢見が悪かっただけで手を煩わせるのが申し訳ない。
言い淀んでいると、長曽祢さんはあの金色の瞳を柔らかく細めてわたしの頭をぽんぽんと撫でた。
「いつも頑張っているのだから、こんな時くらい甘えてくれ」
そうでなければ主を甘やかす機会なんてそうそうないからな、と、長曽祢さんがなぜか嬉しそうに言うので、結局わたしは絆されてしまい首を縦に振るのだった。