夕闇を幾らか通り過ぎた時間だった。家路についていた私は、足早に道を歩いていた。気が急いていて、だから、すぐに気づかなかったんだと思う。
ひゅうっと強い風が吹き抜けたので、思わず足を止め目をぎゅっと閉じた。再び目を開けた時、なにかが目の前を通り過ぎたことに気づく。足元をみると、薄紅色のかけらがたくさんちらばっていた。これは、桜?
どこで咲いているんだろう。きょろきょろ辺りを見回すと、小さな公園に行き当たった。こんなところに公園なんかあったんだ。ビルとビルの間にあって、遊具もなにもない、ベンチがひとつあるだけの、本当に小さな公園。
興味本位で足を踏み入れて、一本だけ植わっている桜に近づいていくと、満開の桜の下に誰かが立っているのに気づいた。
青い体に赤い靴。あれは――
「め、メタルソニック?」
声をかけると、メタルはくるりとこちらを向いた。てっきりソニックかと思ったし、まさかメタルとここで会うとは思わなかったので、私の声は少し上ずっていた。
「どうしたの、こんなとこで」
メタルは黙って――もとよりあまり喋らないけれど――桜を指差した。桜を、見ていたということだろうか。
「メタルは、桜が好き?」
もしかしたらエッグマンが近くにいるかもしれない、とか、なにかの罠かもしれない、ということは、その時の私には全く浮かばなかった。メタルが桜を見ていたということが、なぜかすごく嬉しくて、彼が機械だということも忘れて妙な質問をしていた。
メタルは小さな機械音を幾つか発して、不意に私に手を伸ばしてきた。
「えっ……あ、花びらか。ありがとう」
袖口に花びらがくっついていたらしい。そういえばさっき風に煽られたんだった。メタルがつまみあげた花びらを受け取ると、彼に微笑みかけていた。
メタルと二人きりになったのは、多分初めてだ。普段は敵同士としてしか会ったことはない。けれど私は、彼のことを嫌いにはなれなかった。ソニックと似ているからと言われればその通りかも知れないが、私には、ソニックとメタルは別の存在のように思える。どう違うのかは説明のしようがないのだけれど、とにかく私はメタルのことが好きなのだ。
「メタル~~~~!」
突如。どこからともなく野太い声と共に、大きな影が私達の頭上に現れる。
「くおら何をしておるか!!!これからエッグマン帝国実現に向けての計画を……っておぬし、ソニックの仲間ではないか!」
……なんというか、かんというか。
やっぱりこうなっちゃうのかな、うん。
「あのさ!人がせっかくいい気分で桜をみてるってのに、ほんっっと空気読めないよね!」
「なんじゃと~~!?貴様、天才科学者ドクター・エッグマン様をつかまえて空気読めないとは何ご――あだあっ!?」
エッグモービルが大きく揺らぎ、地面に突き刺さる。その瞬間に見た影は、今度こそ見間違いじゃななかった。
「未登録名前!大丈夫だったか?」
「ソニック!ありがとう」
ソニックは私にウインクしてみせるが、その隣に立つメタルを見て顔をしかめた。
「メタルと、なにしてたんだ?」
「え、なにって……桜を見てた」
「ふーん……」
やっぱりメタルがエッグマンの作ったロボットだから、面白くなさそうな顔をするんだろうか。メタルはメタルで、ソニックを睨みつけ(ているように感じる)、先ほどより大きな機械音を発している。
「こンの、小賢しいハリネズミめがーー!」
地面に突き刺さっていたエッグマンがようやく起き上がって、エッグモービルからびしっとソニックを指差す。
「今日という今日はずぇったい許さんからな!メタル、やっておしまいっ!!!」
「……!」
「ヘッ、返り討ちだぜ!」
直後、メタルとソニックが激しくぶつかりあう音。ヤジを飛ばすエッグマンと、それらを眺めている私。
まるで嵐のような光景で、桜とは全然似つかわしくないはずなのに、私の口元は人知れず笑みを作っていたのだった。