エンジェルアイランドから離れることはほぼないし、日付や曜日なんて知らなくても困ることはなかった。
俺は、遠い昔滅んだ一族の生き残りで、この島にあるマスターエメラルドを守ることが使命だからだ。だが物心ついたときから一人だったんで慣れているし、ソニックやテイルスたちがたまに来るから完全に孤独ってわけでもない。俺はそういうふうに生きてきたから、この島に一人でも日付なんか気にならない。
でもあいつは、未登録名前は違う。察しの悪い俺でもそれだけは分かった。
日曜日の午後、エンジェルアイランドを飛び立った俺は約束どおりあの公園にやってきた。今度はしっかりタオルを持ち、頭のハリを一つにまとめて縛り首周りの風通しもよくしてきた。未登録名前はすでに来ていて、先週と同じようにベンチで本を読んでいた。違うところは、着ているワンピースが薄いピンク色だということ。
「あ、きてくれた」
俺に気づいた未登録名前が、本を閉じて微笑みかけた。
「約束だからな」
隣に座ると、彼女は少しだけ視線を足元に向ける。
「実は、ちょっとだけ不安だったんだ。きてくれないんじゃないかーって」
まあ、会ったばかりのヤツをそこまで信じられねえよな。俺自身勢いで約束したところもある。
だが、
「俺はうそつきにはなりたくねえ」
ソニックには相手を簡単に信じすぎだと馬鹿にされるし、実際それで痛い目をみたことも何度もある。けど、俺は相手の裏を読めるほどできた頭じゃないし、本当に困ってるんだとしたらなにもできなかったことをきっと後悔する。そうなるくらいなら、いっそ騙されたほうが気が楽だ。
すると未登録名前は目を丸くして俺を見た。
「キミって……お人よしだって言われない?」
「うぐ」
自覚はしているが、人から指摘されるとなんかこう……。唸っていると、未登録名前はまたくすくす笑った。
「でも、わたしは良いと思うよ」
相変わらず褒めてるのか貶してるんだか分からんヤツだ、そんなふうに思っていると、未登録名前は空を仰ぎ見た。
「そういうひとって、とっても大事だと思うんだ。わたしは……」
ふっ、とそこで言葉を切った。反射的に続きを聞きそうになったが、空を仰ぐ未登録名前の横顔を見たら声が出せなかった。空を見ているようで、見ていなくて、泣きそうなのに嬉しそうで。そんな、不思議な表情だった。
「な、なあ!お前のいた国って、どんなところだったんだ?」
未登録名前のそんな表情が見ていられなくて、俺はなんとか明るい声で話を振った。未登録名前は一瞬驚いた顔をしたがすぐにまた笑った。
「わたしがいたところはね、自然がたくさんあるところだったよ。都会に出たら、ここみたいにビルがいっぱいなんだけど、わたしが住んでたところは田舎だったから」
「ああ、だからお前はこの公園が好きなのか」
ビルとビルの間にあって、誰もが通り過ぎてしまうくらい小さな公園。だがここには緑がある。樹で囲われているからか、雑踏もあまり届かない。ここだけは、とても静かな時間が流れている。
「そう。だからここを見つけたとき、なんだかほっとしたんだ」
その気持ちはよく分かった。エンジェルアイランドも緑で覆われているからたまに街に出るとうんざりするが、この公園を見たとき俺も少しほっとした。
「そうだな。緑があるほうが落ち着く」
「ナックルズも?ナックルズが住んでるところも、緑がいっぱい?」
「いっぱいなんてもんじゃねえぞ、大自然だぜ」
「それはすごいねえ!」
未登録名前は子供のように無邪気に笑った。本当に自然が好きなんだな。それなのに、この都会の病院に入院しなきゃならなくて、自由時間も多くはない。手術こそ成功したって言ってたが、不自由はきっと多いだろう。
「そうそう、この帽子ね」
「ん?」
「この帽子についてる花ね、造花じゃないんだ。わたしの故郷に咲いてたやつ」
「へえ!そうなのか」
未登録名前は帽子のつばを少し下げて、花を見せた。青や紫色をした見たことのない花だ。一つ一つの花は小さいが、密集しているので大きく見える。それらが麦藁帽子をぐるりと一周していた。可愛らしい雰囲気がこいつによく似合うと思ったが、恥ずかしさを覚えて口には出せなかった。
しかし故郷から持ってきたにしては、ずいぶん鮮やかさを保っている。引っ越してきたばかりとはいえ、花は摘んでしまったらすぐに枯れてしまうはずだ。
「やっぱり不思議?」
そんな疑問が顔に出ていたのか、未登録名前が帽子をあげた。
「特別な技術で、枯れてないように見えるんだ。プリザーブドフラワーっていうの。水分を抜いて、人工の色をつけてね」
「そんなもんがあるのか」
「うん。できればそのままで持ってきたかったけど、そうはいかないから無理言って作ってもらっちゃった」
「店でそういうのやってんのか?」
すると未登録名前は照れたようにはにかんだ。
「それがね、この花を持って行きたいって言ったらお母さんが張り切っちゃって。元々手芸とか好きな人だから、私がやる!って」
「ははは、いい母さんじゃねえか」
「わたしもすっごく感謝してるんだ」
楽しそうにしている未登録名前の様子をみて、俺もつられてまた笑う。そこまで考えてくれるなんていい親だと思った。俺には親がいないので、今までそういう感覚が分からなかったが、親の話をして嬉しそうにする未登録名前を見ていたら、ほんの少しその気持ちを分けてもらった気がした。
「あ、もう時間だ」
未登録名前の視線の先には、公園に設置された古びた時計。短針が3の数字を指している。
「今日もありがとうナックルズ。すっごく楽しかった」
「そりゃよかった」
「それじゃあね」
立ち去る未登録名前の背中に向かって、少し声を張った。
「また、次の日曜もくるからな!」
未登録名前はびっくりした顔で振り返り、目を見張っていたが、やがて笑顔で手を振った。