淡いと恋とそのあいだ

「お腹へったなあ」

「それ、人の家に来て言うセリフ?」

 ボクは呆れながら肩越しに振り返って、後ろに座っている未登録名前に言う。未登録名前は悪びれる様子もなく、「だってテイルスはそんなことじゃ怒らないでしょ」とあっけらかんと笑ってみせた。いやま、そうなんだけど……

(未登録名前にだから、怒れないんだよ)

 そんなこと言えるわけがないから、ボクは未登録名前から視線をそらして作業に戻った。今日は天気もいいから、トルネードを整備してふらっとどこかに出かける予定だったのだけど、未登録名前が急にボクのガレージにやってくるものだから、それどころじゃなくなってしまった。
 正直ちょっと、いや、かなり、嬉しい。二人きりになることってあんまりないから、思いがけずやってきたこの時間がとても嬉しくて、整備も長々と続けてしまう。トルネードは一人乗りだから、未登録名前を乗せてあげることはできないし。……いっそ、改造するかもう一機作っちゃおうかな?

「テイルスーもうお昼だよーなんか食べないの?」

 不意に声をかけられて、すこし肩が跳ねる。さとられないように落ち着けてから、未登録名前に向き直った。

「買いに行かないと、ウチには何もないよ」

「えーまじかー」

「あからさまにがっかりしないでよ。っていうかアテにしてたの」

「ちょびっと」

「あのね……」

「まあまあ。それならどっか食べに行かない?おごっちゃうよ」

 視線が、わずかに揺れた。

「ボクは、まだいいよ。エミーとか……ソニックを誘ったら?」

 未登録名前は、ずっとソニックのことが好きだと思ってた。ソニックの話になるととても嬉しそうにするし、ソニックになにかあったらすぐに飛んでいく。いつも一緒にいるし、ソニックだってまんざらじゃなさそう。ボクの入り込む余地なんてどこにもないのに。きっと、未登録名前はボクを子ども扱いしてるからなにも警戒してないんだろう。
 ボクが、もっと大人だったら未登録名前にも異性としてみてもらえたのかな。もっと余裕があって、小さいことで悩んだりしないのかな。
 ないものをねだって、それこそ小さい子どもみたいで自分が嫌になる。そのとき、

「ソニックとエミーはデートしてるよ」

 落としかけていた視線が跳ね上がり。

「え、ほ、ホントに?」

「ホント、ホント。エミーから直接聞いたんだよ。今日はやっとソニックが捕まったからデートするの!って」

「未登録名前は、いいの?二人がくっついちゃうかもしれないのに」

「なんで?エミーと遊びにくくなるのは確かにアレだけど、あの二人はお似合いだってずっと思ってたし」

 その表情から、マイナスの感情は読み取れない。ただ、ボクの疑問を不思議に思っているだけ。
 小首を傾げる姿が、かわいい、とさえ。

「だからさ、テイルス。いっしょに行こう?」

 笑顔で差し出される未登録名前の手。
 少し迷ったけれど、ボクはその手を取った。この手が取れるなら、ボクはまだまだ子どもでいいかな、なんて思った。
 意識されてないのは、そりゃあ少しもどかしいけれど、いつか一人前になってみせるそのときまで、ボクから手を差し出すのはもう少し先でいいよね?

「あの二人に負けないくらいのデートしよう」
「えええ!?」
「じょーだん!」

(楽しいけれど、ひやひやもするなあ)