熱のありか

 まぶたの裏に差し込む光を感じて、私は目を覚ました。上半身をゆっくり起こせば、それは窓から溢れた月明かりだと知る。そういえば、昼間カーテンを閉めるのを忘れていた。というより、閉める元気がなかった。
 久しぶりに風邪をひいたので、昼はエミーがお見舞いに来てくれていた。料理を作ってくれたり体を拭いてくれたり、いろいろ心配してくれていたけど、同時に怒りも露わにしていた。曰く、「未登録名前が病気だってのに、アイツはどこ行ってんのよ!」
 アイツ、とは、もちろんソニックのことだ。縛られることを嫌う彼は、わたしとそういう……仲になっても、あちこち駆け回っては世界の目線を釘付けにする。わたしはそれをテレビや噂話ごしに聞いては、誇らしいような悲しいような、不思議な気持ちになっていた。
 ぱた、と、ベッドに体を沈める。
 ソニックと出会う前からこのアパートで一人暮らしをしていたから、一人の夜はとっくに慣れた。そのはずなのに、この胸を通り抜ける冷たいものはなんだろう。そのくせ喉は焼け付くみたいに熱くて、手なんかはかじかんだみたいに震える。きっと熱がぶり返したんだ。夕方熱が下がったから油断した。エミーは明日も来るって言ったから、心配かけちゃう。
 わたしは掛け布団を頭までひっぱりあげる。きれいなはずの月明かりが、今のわたしにはとてもつらい。もう一度体を起こしてカーテンを閉めるまでの元気もない。とにかく眠りたくて、けれど眠気はなくて、どうしようもなくなったわたしは、いっそう熱くなる目をぎゅっと閉じた。

――未登録名前

 布団から、跳ね起きた。あたりを見回す必要もなかった。声の主は窓の外にいた。

「ソニック!」

「Hi」

 いそいで窓のカギを開けると、ソニックは転がるようにして部屋に入りこむ。
 急にどうしたの、と尋ねようとしたけれど。
 青白い光に映し出されるその瞳が、いつもの華やかな輝きとは違うものに見えて、ためらわれた。
 そのまま、彼は私に言う。

「……よかった。元気そうだ」

 さきほどエミーと会って、未登録名前が病気でいまにも……だなんて言っていたらしい。エミーはきっと、ウソをついてでもソニックとわたしを会わせてくれようとしていたんだ。きっとエミーには分かっていたに違いない。わたしが、本当はどう思っていたのかを。
 その優しさに胸がいっぱいになるけれど、ソニックの様子がいつもと違うことも気がかりだ。
だって、まるで、今にも、

「オレは、怖くなった」

 怖い。
 彼の口から聞いたことのない言葉に驚いていると、ソニックはわたしの手を優しくにぎる。

「今回はウソだったけど、もし本当で、オレが知らない間に未登録名前になにかあったら、って思うとさ……今更だけど、怖くなっちまった」

 おもむろにソニックがうつむいた。月明かりで出来た影が足元に落とされる。

「勝手だよな。今までさんざん放って走り回って、いざとなったら怖いだなんて。世界を救う前に、一人の女の子を救ってやれなきゃ」

「あのね」

わたしは、ソニックににぎられている手をもうひとつ重ねる。

「たしかに寂しかったよ。だけど、わたしは、自由で真っ直ぐで、どこまでも走っていられるソニックが好き」

ソニックの手に、熱がこもったのを感じる。晴天の太陽のような熱。風邪なんかじゃ味わえない幸福な熱に、わたしは顔を綻ばせた。

「……まったく、オレのお姫様にはかなわねーよ」

 顔をあげたソニックは、いつものニヒルな笑顔を向けて、わたしとおでこをくっつける。頬に触れる鼻がくすぐったくて、少しだけ声を上げて笑った。それを見たソニックもくつくつと笑って、伏せられた彼の目にわたしも続く。
 わたしのからだは、すっかり別の熱で満たされていた。

(これからめいっぱい、甘やかしてやろう)