真昼にクリスマス

「したいこと?」

 きょとん、という言葉がぴったりくるような顔をして、笹貫は私の言葉を繰り返した。こんな表情は顕現してから初めてかもしれない、そう思うとなんだか微笑ましく思えて、私は小さく笑いながら笹貫に話す。

「うちでは顕現して初めてのクリスマスにその男士の要望を聞くことにしてるんだよ」

 何事も初めてのことは思い出深くなるもの。その経験を私の本丸では大事にしたいと考えている。
 更にクリスマスといえば現世でも一大イベントで、クリスマス商戦に則ってプレゼントもイベントも目白押しだ。その機会を使えば、普段は願いにくいことやものも用意しやすい――というのはこちら側の都合だけれど。

「というわけで、笹貫は何かしたいこととか欲しいものとかない?」

 そう言うと、笹貫は内番着の襟にサングラスを引っ掛けて、私に向き直った。

「……それって、なにか制限ある?」

「え、制限?あんまり高額だとか日にちがかかるものでなければ……」

 今までそんなに大きなお願いをされたことがないので予想しておらず、少しうろたえた。笹貫は一体何を欲しがっているんだろうか。

「オレはね」

「う、うん」

「主とクリスマスデートがしたいな」

「…………ヘァ??」

 返ってきたのは予想を遥かに超える言葉だった。口をあんぐり開けていると、笹貫は「面白い顔になってる」と笑った。さっきと立場が逆じゃないか。

「ダメ?」

「いや……ダメではないけど」

「んじゃソレで」

「いやちょい待って、クリスマスにデートって意味分かって言ってんの」

「どっちだと思う?」

「聞いてるのはこっちなんですけど!?」

「デートコースはどうしよっかーやっぱ現代がいいよねー光ってるイルミネーション見たいし」

「逸らすな話を!!!」

 おかしい、笹貫ってこんな強引なタイプだったっけ。今まではむしろ私を優先してくれた気がするのに。例えばそう、ちょっとした買い出しにも付き合ってくれたり、よく近侍を務めてくれたりとか……ん、あれ?

「じゃ、当日楽しみにしてるから」

「え、ちょっと!」

「おめかし、してきてよね」

 せっかくのデートなんだからさ、と片目をつむって投げかけられた言葉は、今まで聞いたことがないほど甘かった。

「クリスマスデートって言ったら、夜かと思ったのに」

 笹貫はちょっとふてくされた様子でそう言った。

「仕方ないでしょう、夜は本丸のみんなでパーティって決まってるんだから」

 それに恋人同士でもないのに夜までデートしてるのは……という言葉はぐっと飲み込んだ。なんだか既にややこしい事態になりつつある予感がするのに、これ以上藪蛇をつつきたくはない。
 とはいえ本丸でパーティがあるからというのもあながち嘘ではなく、これは例年の決まりごとだ。なので必然的に笹貫とふたりきりで過ごせる時間はかなり限られる。具体的には準備に本腰入れる前のお昼から夕方ちょい前くらいだ。

「まぁまぁ、お昼のクリスマスも悪くないと思うよ。どこのお店も混み出すのはやっぱ夕方からだし」

「イルミネーション見たかったなあ……」

「それは……まぁ、またの機会にしてもらって」

「機会があればいいってこと?」

 それまで隣を歩いていた笹貫が、ぐっと顔を近づけた。さっきまでのふてくされ具合はどこ吹く風、いつもの底が見えないような笑顔で私を見つめている。

「……あれば、ね」

 なぜか居心地が悪くなり、その青い瞳から目を逸らしながら答えるが、笹貫は「ん、分かった」といやに物わかり良く返事をし、また並んで歩き出す。
 笹貫が希望したのは現代――つまり私が生まれた現世への外出である。光ってるイルミネーションは見られそうにないが、せめて雰囲気だけでもと街を歩いていた。私はいつも現世に行くときに着る服だが、笹貫はハイネックのセーターとモッズコート、それにスキニージーンズとブーツという現世に馴染むどころかどこのモデルですかという出立ちである。正直隣歩くの緊張するんだが。
 クリスマスの飾り付けで彩られた街は既に人で溢れており、家族連れや恋人同士もみんな笑顔で行き交っている。私たちは側から見たらどんなふうに見えるだろう……と想像しかけたがすぐに切って捨てた。

「笹貫はイルミネーション以外で行きたいとこある?」

「主、――じゃないな。キミと一緒ならどこでも良かったんだよね。実は」

「……へあ」

「だからさ、キミが好きな場所、教えてよ。それがオレの行きたいトコ」

「……なんか、こないだっから笹貫、変じゃない?」

「どこが?」

「どこって、……その、なんか妙に近いというか」

「近いって、なんのこと?」

「ウワアア顔を近づけるなそういうとこだぞ!!」

「顔真っ赤にしちゃってかーわいー」

「人で遊ぶな!!……もう、さっさと行くよ!!」

「お。どこに行くの?」

「それは――」

 私は頭の中で、一番好きな場所を思い浮かべながら笹貫の手を取った。
 笹貫は、まさか手を繋ぐとは思っていなかったようでびっくりしたように目を見開いている。なかなかにレアな表情だ。
 妙に近いこととか、弄ぶようなことをするとか。聞きたい理由はたくさんある。でもそれ以上に、笹貫のそんな行動が嫌じゃない自分がいるってことは、これから伝えてしまおうか。そうしたらもっとレアな表情を見せてくれることだろう。それは私にとって一番の――いや、今後一生のプレゼントになるに違いない。

「着いてからの、お楽しみ!」