笹貫が分からない

 よく分からない刀が顕現したものだ、としみじみ思う。
 最近になって励起された笹貫という刀のことだ。来歴や逸話、何より現存しているという事で素性こそはっきりしているが、刀剣男士として人の形を得たことによる人物像――つまり、性格がよく分からないのである。「これ、ホント」「なんてジョーダン」といった口癖から察せられるように、まるで寄せては返す波のように掴みどころがない。良く言えばマイペースで温厚、悪く言えば軟派でチャラい。そんな底の見えない性格をした彼のことが、私はものすごく苦手であった。
 苦手なんだけど。

「……あの、笹貫サン?」

「ん?どうかした?」

「近いんですけど」

「そりゃ、くっついてるからねえ」

「違うそうじゃない」

 弊本丸では、新入りは一定期間近侍をさせることになっている。この制度を決めたのは私だが、今だけは当時の自分を恨みたい。
 当の笹貫は文机で書類を仕事をする私の肩に自身のそれをぴたりとくっつけている。そりゃーもうぴったりと。

「離れてって言ってんの私は」

「えー」

「えーじゃない。子どもか」

「子どもみたいなもんじゃない?なにせ顕現してまだ一年も経ってないし?」

「自分で言うなとにかく離れろ」

「冷たいなぁ〜〜」

「だああ頭まで押し付けるな離れろ!!」

 笹貫は顕現してからずっとこの調子である。こいつのパーソナルスペースどうなってんだ。

「てか、なんで私に構うわけ」

「え〜?そんなの主が好きだからに決まってるじゃん」

「ウソでしょ」

「ホント、ホント。こんなウソつかないって」

「……どうだか」

 笹貫は重大な勘違いをしている。顕現してから日が浅く、身近な異性が私しかいないから、主への敬愛と愛情を間違えているのだ。
 そうでなければ、こんな何の取り柄もない面白味もない、『冷たい』人間に好きだなんだと言えるはずがないだろう。

「あ、難しい顔してる。そういう顔もかわいーよね」

「……とち狂ってるんじゃないの」

「たはは、手厳しいなぁ。で・も、そういう方がキミらしくって良いよね」

「何なの、ほんとに」

 文机の上で、拳を握る。

「人肌恋しいだけなら私じゃなくたって良いでしょ」

 しん、と静まり返る。
 ほらみたことか。図星を突かれてさぞ驚いたことだろう。こっちは、とっくに気づいてるんだから。
 笹貫が、ただ寂しくてこうしているだけだってことくらい。

「そういうトコ、なんだよねぇ」

 たっぷりの沈黙の後、返ってきたのはなぜか弾んだ声だった。

「…………は?」

「うん。オレもね、色々試したワケ。出陣先の子と仲良くなってみたりとか、遊廓とか出会い茶屋とか行ってみたり。……でもね、ダメだった」

 ふっと、それまでずっとくっついていた肩が離れた。見れば笹貫からいつもの余裕ぶった笑顔が消えている。

「キミじゃなきゃ、こんなふうにくっついたり、好きだなんて言えなかった。……オレが、寂しいってことに気づいてくれるのはキミだけだった」

 海の底みたいな色の瞳が揺れている。
 どこまでも深く、遠く、どれだけ手を伸ばしても届かないくらいの海の底。
 だけど私は手を伸ばす。指先が頬に触れると、笹貫は驚いたように目を見張った。
 そのまま、形をなぞるように、輪郭を辿るように指を滑らせる。
 この指先から伝われば良いと思った。

「仕事中にンなとこ行くバカがいるかァ!!!!!!!!」

 思いっきり頬をつねったが、なんか嬉しそうだった。やっぱりバカなのかもしれない。

 それは、まあ、私もなのだけど。