あれだけ熱烈に愛の告白をしていた彼女が、めっきり姿をみせなくなった。
「先輩、最近未登録名前を見ませんね」
放課後の部室で実験中、りんごくんですら気になったようで、顎に手をやって首を傾げた。
「そうだな……」
「先輩はその方がいいですか?」
はっきり明示してよいものか分からないが、未登録名前くんに特別な感情を抱いていないわたくしとしては頷くより他はない。
迷惑とまではいかないが、毎日好きだと言う程熱心な気持ちに応えられないのが心苦しくあった。
……とはいうものの。
「その様子では先輩、もしかしてさみしいとか」
りんごくんの、さも面白いものを見たという声色に、ぎくりと肩が跳ねあがった。
あれだけ断り続けていた手前、今更そんなことが言えるはずもないが、心にどこか隙間ができたように感じているのは確かであった。
なんと返事をしようか迷っているうち、部室のドアががらりと開く。
「こんにちは★」
「あ、まぐろくん」
反射的に見て、入ってきたのがまぐろくんだったことに安堵……いや落胆?ああ、もう分からない。
「あれ、やっぱり未登録名前ちゃん、こっち来てないんだ★」
「そうなんだよね。最近ずっと」
「じゃあ、ボクがみたあれは……間違いじゃなかったの、かな?」
「あれってなんのこと?」
「昨日未登録名前ちゃんが、男の子と並んで下校してるの、見たんだ★」
「どういうことだね」
思考することを放棄し、わたくしはまぐろくんにずいと詰め寄った。
まぐろくんは驚きながら後ずさり、
「えっ★えっと……ボクも詳しくは知らないんですが、手をつないでたから、その男の子と恋人関係になったのでは、と」
「そうかありがとうまぐろくんよ」
「って先輩!どこ行くんですかー!?」
りんごくんの声を後ろに、わたくしは部室を飛び出した。
なぜだかは自分でも分からない。分からないが、行かねばならない気がした。いやこの際理由などどうだっていい。結果だけを先に求めるなぞ全くわたくしらしくないが、ただ。
未登録名前くんに会いたかった。
「未登録名前くん!」
彼女はまさに、件の男子と一緒に教室を出るところであった。
わたくしの姿を見つけると、未登録名前くんは目を丸くして驚いた。
「先輩!?どうして……」
「それはこちらのセリフだよ」
ちらとみれば、男子は苦虫を噛み潰したような顔をしている。いかにも不良といった出で立ちで、ぱっと見ただけで校則違反が軽く10を超える程。
わたくしはすぐさま未登録名前くんの手をとって、
「ちょ、先輩!」
「仔細は後ほどじっくり聞こう。とりあえずこの場は逃亡する」
彼女を横抱きして、また走り出す。不良男子が何か叫びながら追って来ている気がするが、校内のあらゆる道筋を知りつくしているわたくしの敵ではなかろう。
走っている間、未登録名前くんがわたくしの白衣を握りしめ、小さく「ありがとう」と言うのがはっきり聞こえた。
(数式では測りきれない)