追いかけっこ哀歌

ボクの前で、とうとうとあいつのことを語る未登録名前は嫌いだ。

「いやあ、まぐろくんってほんっとすごい人だよねえ。何でもできて性格もよし。完璧とはまさにこの事だね」

最初は他愛ない会話だった。
教室に戻ると未登録名前が残って勉強していたから、なんとなく話しかけてみた。すると未登録名前が「クルークは頭がいいから羨ましいよ」なんて言うから、ちょっと得意になって勉強を教え始めた。そしたら、だ。

「さっきまではまぐろくんに教わってたんだ。すっごく分かり易い教え方でね、やっぱ頭のいい人は教え方も上手いんだね。クルークもそう」

「……そうかい」

未登録名前の口からあいつの名前がでてくるたび、ボクの心はざわついた。
確かにあいつはすごいさ、それは認めてやってもいい。このボクが言ってやってるんだ少しくらい感謝しなよ。
でもボクは、未登録名前が。本当は。

「そんなに言うなら、あいつを追いかけて教わればいいだろ」

嫌味しか出てこない自分を呪った。
けれど、ボクにはこういうふうでしか、こいつの気を引くことができないことも分かってた。
ああそうだよ。ボクは相対的にしか自分を優位に立たせることができないんだ。
誰かと比べていなければ、ボクはボクを判断できない。
未登録名前は、にこっと笑ってこう言った。

「それは無理だね」

予想外の言葉だった。

「な、なんでさ」

「だって、まぐろくんは、りんごのことが好きなんだもの」

だから私は追いかけることができないの、と、未登録名前はまた笑った。
その時ボクは分かったんだ。
未登録名前も、ボクと同じように誰かを呪いながら自分を呪ってるんだと。
追いつくはずもない背中を追いかけて。

「あ、ここの問題さっきの式当てはめればよさそう」

未登録名前は、鼻歌を歌いながらペンを走らせる。
明るい曲調のはずのその歌が、悲哀に満ち満ちたものに聞こえた。