長曽祢虎徹は狡い刀

「長曽祢さんは狡いなあ」

 何の前置きも、脈絡もない一言に、おれは渡された書類を検めるのも忘れて瞬きを数回繰り返した。言い放った当の主はなぜか不機嫌そうに目を細め、口を尖らせている。

「狡い?おれが?」

「そう。長曽祢さんが」

 意図が読めない。おれは生来口がうまい方ではなく、感情の機微というものにも疎い。それが男女であればなおのことで、こればかりはいくら好き合ったもの同士でも未だ頭を悩ませた。
 けれど主は理由なく他人を袖にしない。であれば、知らずのうちにおれが何かしてしまったと考えるべきだろう。しかし思い当たる節がない。会話を思い返してみても仕事の話ばかりで、それも今しがた終わったばかりだった。
 しばし考え込んでいると、主がふいと外方を向いた。

「長曽祢さんはさ」

「うん」

「平気なんだもん」

「……うん?」

「私はこんなにどきどきしてるのに」

 瞠目した。主の首が、耳が、真っ赤に染まっているのを見つけたからだ。

「仕事だけど、部屋にふたりっきりでいて、私はずっとどきどきしてるのに、長曽祢さんは平気な顔してるから……なんか、私ばっかり好きみたいで、」

 ずるい。
 主のその言葉は、伸ばしたおれの腕のなかに消えた。部屋に入ったときから激流のように駆け巡るこの熱を、これからどうやって教え込んでやろうかと破顔しながら考えた。