さらさら……と窓の外で音がした。カーテンを開ければそれは、ついに降り出した雨だと気付く。昼過ぎから雲行きが怪しいとは思っていたが夕方になっても降る気配がなかったので、家に帰る頃にはすっかり忘れてしまっていた。
徐々に雨脚が強くなっていく。これは明日まで降るだろう。雨が降ると思い出すのは、いつも彼のことだった。
ナックルズは、浮遊島に一人で、マスターエメラルドを守っている。朝も昼も夜も、それこそ雨が降っても祭壇のところにいるのだろう。
ナックルズは、今、なにをしてるのかな。雨に濡れているのかな。それともロータスの葉を広げているのかな。それじゃ寒さはしのげないだろうから、上着かなにか、羽織っていればいいのだけれど。
いてもたってもいられなくなった私は、思わず上着をひっかけて外に出た。私が外に出ていったって、浮遊島に住んでいるナックルズに会えるわけなんかないんだけど、家の中でじっとしているよりもっと彼を近くに感じられるとしたら、やっぱりそれは外だった。
街は、雨に濡れて静かだった。夜中という時間もあってか人通りもなく、雨が地面や街路樹に跳ね返ってさらさらと音を立てている。ただただ、静かだった。
傘をかしげて空を見あげると、浮遊島は街からすこし離れた上空に浮かんでいてる。当たり前なんだけど、外に出たからってナックルズに会えるわけじゃない。分かっていたはずなのに、私はぎゅっと傘の柄を握りしめた。
ばしゃ ばしゃ
そこへ、走ってくるひとつの足音。
「え、ナックルズ?」
「未登録名前?……なにやってんだこんな時間に」
それを聞きたいのはむしろこちらの方なのだけど、と言おうとしたが、女が一人で夜に出歩くなと怒られてしまった。もっともなので、私は素直に謝る。
それなのに、私の心は面白いくらいに弾んでしまう。会えると思っていなかったナックルズに会うことができて、寂しい気持ちはどこかへ吹き飛んでしまった。
「あぶねーから帰れよ。送ってやるから」
「ありがとう」
そうして並んで歩きだす。私は傘を左手、ナックルズ側に持ち替えた。その、ほんの僅かな距離がもどかしくて、私はこっそり息をつく。
夜の街は本当に静かで、そのせいか私たちの間にも会話がなかった。だけど息苦しさはなく、安心するような心地よさがあった。地面を打つ雨も、葉っぱから落ちる雫も、時々通り過ぎる車の水しぶきも、暖かな音楽のように聞こえる。それはきっと、ナックルズと一緒だから。
しばらく歩き続けると、私の家についてしまう。残念だけれど、仕方がない。ナックルズを引き止めておくのも悪いから、私はお礼を言ってすぐに家に入ろうとしたが、
「未登録名前」
呼び止められる。
「お前、なんで一人でいたんだよ」
その目は、とても真っ直ぐで、心配そうで。
私は思わず笑っていた。
「な、なんだよ」
「ううん、ごめん。あのね、笑っちゃうかもしれないけどさ、ナックルズどうしてるかなーって思って」
「は?俺?」
「雨が降ると、濡れてないかな、とか寒くないかな、とか、そんなことを考えちゃうわけ」
ナックルズは、ぽかんと口を開けていたが、やがて顔を真っ赤にさせて視線をそらした。
やっぱりばかばかしいと思われたかな、なんて考えていると、
「……俺は、」
「え?」
「未登録名前がどうしているか、いつも、気になってる」
「それ、」
「じゃあな!」
吐き捨てるように言うと、ナックルズはその場から飛び去ってしまった。私は、固まった思考がほぐれるまで、空を見上げていた。
さらさら、さらさら、雨は少しずつ止みそうな気配を見せている。明日には、多分、晴れるだろう。そうしたらあの浮遊島に行って、彼に傘をプレゼントするのも悪くないかもしれない。今日のお礼と、これまでの思いを添えてみよう。それから、どうしてナックルズも街にいたのか、尋ねてみるんだ。