雨がくれた距離

私はカーテンの裾を握りしめながら、無慈悲に振りしきる雨を睨みつけていた。二階の窓から見える景色は、灰色に濁った雲と勢いよく地面を打つ雨で、陰鬱な気分をさらに落としこんでいく。
今日この日をどれほど待ちわびたと思っているのか。昨日は早起きするために目覚まし時計を何回も確認して、待ち合わせ場所も間違ってないか何度も見返したというのに。昨日の天気予報で明日は晴れると笑顔で言っていた気象予報士が憎らしくなる。八つ当たりだとは、分かっていたけど。
深い溜息をついたとき、反対の手で握っていた携帯が震えた。びっくりして肩が跳ね、落としそうになる携帯を持ち直すが、画面をみてまたどきりとした。
電話。かけてきたのは「佐々木まぐろ」。

「も、もしもし」

なるべく声を落ち着けて、高鳴る心臓を気取られまいとする。

『もしもし未登録名前ちゃん?今日は、雨、だね★』

「そうだね……」

まぐろくんの声はいつもの通り、軽やかな声で言う。
残念がっているのはもしかしたら私だけなのかもしれないと思うと、少しさみしくなった。

「これじゃ、でかけられないよね」

自分で発した言葉なのに、息がつまりそうになる。
でもまぐろくんの様子はいつもと同じだから、私も気にしていないというふうに振る舞いたかった。彼は優しいから、落ち込んでいるそぶりを見せれば、きっと気を使ってくれる。そうさせるのは、嫌だった。
すると、不意にまぐろくんが、

『ねえ、未登録名前ちゃん★』

「なに?」

『寂しい?』

これが電話越しで本当によかった。
顔を見て話していたら、気づかれていた。

「そ、そんなことないよ。約束、またすればいいし」

だから次はいつにしようか、と続けようとしたとき。

『うーん……でも、来ちゃったし、なぁ★』

「え?」

『未登録名前ちゃんが見えるよ。とーっても寂しそう★』

私は慌てて窓を開けた。雨が吹き込むのも構わずに身を乗り出して階下を覗く。
見覚えのある青色の傘を少し傾げて、こちらを見上げる人影がひとつ。
私は通話を切ることも忘れて携帯を放り出し、急いで階段を降りていった。

(聞こえたよ。キミの震える声も、走る音も)