「アヤさん!」
いきなりやってきた未登録名前は、ずいと私の前に花を突きつけた。
こやつにしてみれば差し出したつもりなのだろうが、花についた雫が私に飛ぶくらい勢いがよすぎた。
「……なんだ、それは」
顔についた雫を払いながら尋ねると、未登録名前は顔を輝かせて言った。
「お花屋さんに紫陽花が売ってたから、買ってきちゃった!」
よくこの博物館に鉢植えなんて持ち込めたな。受付はどうした受付は。
うんざりした私とは対照的に、未登録名前は至って笑顔のまま。
「それで、なぜ私のところに」
「アヤさん紫陽花好きでしょ?」
「いつ言った」
「え?呪文にあるし」
「それだけか」
「うん」
私は深いため息をついた。
馬鹿だとは思っていたが、これほどまでに馬鹿だとは。
すると、さすがに察したらしい未登録名前は紫陽花の鉢植えを下ろして私の顔を覗き込む。
「アヤさん。今わたしのこと馬鹿みたいだなーって思ってるね」
「みたい、ではない。馬鹿そのものだ」
「ひどいなあほんとにもう」
一瞬むっとした表情を見せる未登録名前だが、すぐさま立ち直って紫陽花を眺めだす。全く忙しいやつだ。
「いいよね、紫陽花って。うちの庭にも植えようかな」
にも、とは、私の住処に植えることは決定しているのか。
どこまでも勝手な……いや、これは面白い。少しからかってやるか。
「お前はやめておけ」
「え?なんで?」
「庭に紫陽花を植えると、女は嫁き遅れるというぞ」
嘲笑しながら言えば、さすがに未登録名前といえど――と思ったのだが。
「そうなったらアヤさんのお嫁さんになろうかな」
などと笑顔で言いのけた。
「……馬鹿だ。本当に馬鹿だ」
「えーなんでー」
もう顔を見るのも面倒だ、と私はなお抗議を続ける未登録名前から顔を背けた。
決して私の顔が熱くなったからではない。決して。