魅惑の視線

恋をするって空から魔法が降ってくるようだ、と誰かが言ってたけれど。

「本当にその通りなんだなあ……」

誰もいない教室で、窓の外を頬杖ついて眺めながら独りごちた。外は夕方に差し掛かるころ、男子サッカー部が活動している。もうすぐ終わるのだろう、グラウンドでストレッチをしていた。
つまり私は、練習内容を把握してるくらいに眺めているということだ。

きっかけなんて思い出せない。
気付いたら目で追うようになっていた。見つけると胸が高鳴って、不思議な気持ちになった。
佐々木まぐろくん。ちょっと変わってるけど、なんでもできる完璧超人。おまけに超絶美形だという、噂。というのは誰も彼の前髪で隠された素顔を見たことがないからだ。もちろん私も然り。
そんな彼だから、女子からの人気は高い。視線を送っているのもきっと、私だけじゃないはずだ。
でもいいんだ。私は、まぐろくんを見てるだけでいい。それ以上は望んでも手に入らないから。我ながら後ろ向きな考えだけれど、彼に釣り合うだけのなにかを持っていないから。

どうやら部活が終わったらしくグラウンドの片付けが始まった。このあと部室に行くだろうから、私が教室にいる理由がなくなった。
帰るか、と教室を出たのであとのことは知らない。

「……佐々木」

「なーんだい★」

友達が指差す方向を追えば、ボクらの教室の窓に行き当たる。窓の向こうには、既に見知った人影がひとつ。

「またあの子じゃん。やるねー」

肩を突かれるのを肘鉄で制し、ボクは教室に向かった。後ろから苦し紛れな声で「おま……片付け……」とかいう声が聞こえた気がしたけど気のせいだった。

視線に気付いたのはいつからだったか。
最初は数ある熱視線のうちの一つだと思っていた。だけど、その視線だけはなにか違った。熱っぽくも冷ややかでもなく、ただ静かに『見ている』だけ。
これほどまでに見ていながら、どうして温度を感じないのか。気になったら、そこからは、『見ている』のは誰で、どのクラスで、どの部活で……あっという間に調べ上げた。といっても、人づてに聞いたり話したりしただけではあるけど。

ボクはずっと待っていた。彼女とボクが、お互い一人になる時間。ボクを見る目はたいがい一つじゃないから、今日はまさに絶好のチャンス。

足を止めれば、ボクのクラスの前に彼女の姿が見える。こちらに向かって歩いてくるが、うつむき加減なのでボクには気付いてないらしい。

「未登録名前ちゃん、だよね★」

未登録名前ちゃんと顔がかち合う。彼女は目を大きく見開いて、真っ赤な顔で硬直していり。いつも温度のなかった視線が、今ははっきりと見て取れた。
そのことに気を良くして笑いながら、ボクはずっと前から決めていた言葉を声にした。

「ボク、空から魔法が降ってきたみたいだ★」