来る日も来る日も掃除だの洗濯だの食事の準備だの。機械を触る日のほうが圧倒的に少ないし、触ったとしてもメンテナンスとかちょっとした操作とか、そんなことばっかり。メゲたりはしないが、愚痴の一つでも言いたくなる。
「でも未登録名前さんが来てくれたおかげで、ワタクシたちは大助かりです」
「ほんとほんとー。ボスも機嫌いいしねー」
「ありがとうね君たち……」
買い出しを終えて夕食の準備に向かう廊下、出迎えてくれたオーボットキューボットに愚痴をこぼすとそんな風に慰めてくれた。この子ら本当にあのドクターが作ったんだろうか。いい子すぎて涙出そう。と思っていたら、オーボットが小さく「辞められるとワタクシたちが大変だし……」とボヤいた。そりゃそうだ。
二人はドクターに呼ばれているからと途中で別れ、私は食堂に向かって廊下を進む。今日は買うものが多くて、大きめの箱を両手で抱えていた。だから、曲がり角でも注意が足りなかった。
「うっわ!!」
誰かにぶつかり、箱を落としながら尻餅をついてしまう。
「いてて……ご、ごめん!前ちゃんと見てなく……」
視線を上に向けて、唖然とした。目の覚めるような真っ青な体。情熱的な赤い靴。まるで世界のヒーロー、ソニック・ザ・ヘッジホッグだ。まるで、と言うのは、もちろん彼がソニック自身でないことは、そのメタリックなボディからうかがえる。そういえば、ドクターから聞いたことがある。ソニックを模した最高傑作『メタルソニック』が、そろそろ再起動の段階に入ったと。
メタルソニックは、私と床を交互に見てから散らばった食材を拾い集め、さっと箱を私に寄越した。それがあまりに手早い動きだったので、私は彼が立ち去るまで、お礼を言うのをすっかり忘れてしまっていた。
メタルソニックが起動したということは、ドクターの新たな計画もいよいよ最終段階に入ったということだろう。今度の計画は、プリズンアイランドにあるという生体兵器を入手しその力を以って国全体に脅しをかけるんだとか。かなり大掛かりな計画になりそうなので、メタルソニックと話すタイミングは今しかない。夕食を食べ終えると、私はメタルソニックを探して基地内を歩き回る。
途中オーボットがいたので尋ねてみたが、彼もメタルソニックのことはよく知らないらしい。
「メタルソニックは、ソニックにしか興味ないんです。ソニックに勝つことしか考えていないので、お礼とかも気にしてないと思いますよ」
その言葉を聞いたとき、ちりっと胸が痛んだ。
「未登録名前さん?」
「あ、いや。私が気になっちゃうから、お礼はちゃんと言いたいんだ。もう少し探してみる」
「そうですか。ではこの後の点検作業は代わりにやっておきますよ」
「ありがとうオーボット。今度いいオイル仕入れとくよ」
辞められたら困るから、だなんて言いつつも、こうして気をかけてくれるのだからやっぱりいい子たちだ。
オーボットと別れて歩き出してしばらくのち、開けた場所に出た。ここは基地内唯一のグリーンルーム。通称空中庭園だ。廊下で囲われた円形の敷地に、くり抜いた屋根から月光が降り注いでいる。あそこに立ってる悪趣味な像さえなければ神秘的な光景なんだけど。っていうか手入れもまともにしていないから、雑草は生えまくってるし植え込みの枝は伸びたまま。せっかくの立地が勿体ない。私はどうしてもウズウズしてしまい、ポケットに常備している大きめのハサミを手に庭園への渡り廊下を渡った。
植え込み剪定を切り終えて、ふと気付いた。なにか視線を感じることに。
「え、あ」
メタルソニックが、渡り廊下からこちらをじっと見ていた。なんとなく気恥ずかしさを覚え、体が硬直してしまう。
「い、いつからいたの?」
返事はない。と、いうかメタルソニックは喋れるのだろうか。いやまあ喋れなくても普段からロボットには声をかけているからどっちでもいいのだけれど。見た感じ口腔機器はないけれど、発声するのに必ずしも必要じゃないからなあ……ってそんなことより、昼間のお礼をしなきゃ。
「あ、あのさ!昼間はどうもありがとう!ぶつかっちゃって本当、ごめんね。怪我とかなかった?あー、機械だから怪我っていうのも変なんだけどさ、他の言い回しが分かんなくって。……あ、あーここ綺麗だよね!ちょっと荒れてるけど、手入れしたらもっと良くなると思うんだよねー……」
全く返ってこないリアクションに段々居たたまれなくなってきたころ、メタルソニックがつかつかと歩み寄ってきた。何か気に触るような事を言ったんだろうかと冷や汗をかいていると、植え込みのそばで屈み込み伸びきった雑草を抜き始める。
「手伝ってくれるの?」
こくり。
今度はちゃんと返ってきた。
「ありがとう。優しいね」
しばし間があって、小さく首を振った。私には彼が照れているように思えて、幸せな気持ちで手入れを再開した。
しばらくすると、庭もだいぶ形が整った。あとはあの像さえ何とかなれば……と思いながら辺りを見回し、はたと気付く。メタルソニックがいない。一体いつの間に。
「……不思議な子だなあ」
だけど、私はあの時から思っていた。エッグマンの最高傑作とか、ソニックにしか興味がないとか色々あるみたいだけど、根っこは真っ直ぐで優しい子だ。私は、そんなメタルのことをもっと知りたくなっていった。