そのまま帰ろうとしたが引きとめられ、あっという間に女の住むアパートに連れてこられた。
僕としては、こんな……あの女に瓜二つの女なんかと一緒にいたくはないが、傷を癒す時間と傷が癒えるまでの間身を隠す場所が必要、ではあった。
感情と利便性を天秤にかけ、後者を取った僕は、しばらく女の家に留まることにした……というよりは、された、と表した方が正しい。
女がそう言ったのだ。「しばらくここにいた方がいいわ」と。
「どう?血は止まったかしら」
ソファに座った僕に近づき、女は傷を見ようと覗き込んだ。
「近づくな」
ぴしゃりと言い放つ。
女は驚き顔をあげた。
「そんなに嫌?私のこと」
怒っているという風ではない。
むしろ、この状況を楽しんでいるようにも見受けられる。
それが殊更、僕の心の奥深くを揺さぶった。
この女の、顔が。声が。仕草が。
全て僕が殺した「女」に繋がる。
憤りが隠せない。隠す気などないが。とにかく僕は、腹立たしかった。
……何故だ?
……何故僕は?
「どうしてそんなに怒ってるの?」
わからない。
何故自分が、こんなにも感情的になっているのか。
ただ、女一人殺しただけ。その女と、似ている女が現れただけのこと。
それだけのこと。
なの、に。
胸が苦しい。息が詰まる。
僕は、僕は――!
「苦しいわ」
女の声ではっとした。
僕は馬乗りになり女の首を締めていた。
自分の行動に驚いて手を緩めたが、首から手を離すことは、できなかった。
一度及んでしまった行為を今更とどめることが躊躇われた。
いっそ本当に殺してしまおうか。
そうすれば、この鬱屈とした気分も晴れるだろう。
ああそうだ、そうしよう。
今すぐこいつを殺してしまおう。
そう思い、再び手に力を込めようとした。
「泣いてるのね、あなた」
僕が?泣いている?
そんなばかなことが起こり得る筈がない。
しかし。
頬を熱いものが伝い、女の頬にパタリと落ちた。
なにが起こったのか理解できず、頭の中が真っ白になった。
その時、女の手が僕の手に触れた。
びくりと肩を震わせたが、女は構わず僕の手をゆるゆると撫でている。
「なにを、している」
ようやく声が出せたとき、女は首に手をかけられているにも関わらず暢気に言った。
「そういえば名前、聞いてなかったなって」
(そういえば僕も、「女」の名前を、知らない)