「つまらないわ」
そう言って彼女は、ガラスの小鳥を床に放り投げた。
ぱりん。
あっけなく小鳥は砕け散り、ただの破片と化す。
どこぞの名工が作った世界にただ一つの作品だと記憶していたが、彼女にとっては瑣末事らしい。
「片付けて」
恐らく、僕にこんな横柄な命令をできるのは、彼女とドクターくらいなものだろう。
「はやくしてよ」
相変わらず、視線は窓の外に向けられたまま。僕は無言で割れた破片を拾いあげていく。
彼女は我侭で、自由奔放で、何を考えているか分からない。
実際彼女のご機嫌取りなぞ反吐が出る。しかし、これでも護衛している大統領の娘というから、従うだけだ。
彼女の機嫌を損ねると、そのあらゆる権力をもって父親を困らせてくるというので始末に終えない。
もちろん僕の仕事にも支障が出る。面倒ごとが増えるよりは、多少我慢して彼女の言う事、命令を聞いていたほうがまだ楽だ。
破片を拾い終えてゴミ箱に放り入れる。またぱりんという音がした気がするが、ゴミが細かいゴミになったところでなにが変わるというのか。
変わりはしない。なにも。
「ねえ、いつになったらあなた、私のものになってくれるの?」
横目で僕を見る。
彼女の言葉には、恋する乙女のような甘ったるい感情なんてどこにもない。
ただ、退屈しのぎが欲しいだけ。その相手に、偶々僕が選ばれただけのこと。
それだけのこと。
「……あなた、いっつも黙っているのね」
彼女の前で声を出したことは一度もない。
暇つぶしに会話をするなど、無駄でしかない。その無駄に割く時間が惜しい。
この場に留まっているだけでも有難く思うがいい。
言葉にせずとも伝わったのだろう、彼女はまた「つまらないわ」と言って視線を外に向けた。
そう。何も変わりはしない。僕と彼女の関係は、これからもずっと。
(ゴミ箱の小鳥が、ぱきっと鳴いた)