「こないだの収入がこれで……電気代と水道代とガス代がこんだけで……」
「ベクターさんベクターさん」
「かあーっ!今月も食費切り詰めねえと厳しいな……」
「ベクターさーん」
「あーあ、たまには肉のある青椒肉絲が食いてえよなァ……っつか最後に肉食ったのいつだったか……」
「ベクターさんってばー」
「だああうるせえ!!!オレ様は今忙しいんだよ!!」
帳簿から顔をあげると、ロコツにつまらなさそうにしている女と目が合う。女は口を尖らせると、机の上で頬杖をついた。……ついた、ってのは、間違いかもしれねえ。
「だって、この間っから全然構ってくれないんだもん。さみしーじゃん」
女は頬杖をついたまま、空中に寝そべって足をばたつかせた。その体は半透明に透けている。
「お前さんに構ってるヒマなんざねーよ。一昨日来やがれ」
「え!!一昨日来たら構ってくれるの!?」
「例えだアホ!」
思わずゲンコツを一発お見舞いするが、その拳は当然のごとく体をすり抜ける。女はわざとらしく……実際わざとだが、痛い痛いと転げ回った。
この女が探偵事務所に住み着いたのは、ついひと月ほど前になる。名前も住所もこうなる過程で全て忘れてしまったらしく、どうしてこうなったのかも覚えていないという。しかしどうしても自分のことが知りたいってんで、街を適当にうろついて見つけたこの探偵事務所に入り込んできたワケらしいんだが……さすがにこのオレ様の天才的頭脳をもってしても、それだけの情報じゃ絞り込むのは無理がある。それに、こりゃ一番重要だが、死んだヤツから取れる報酬なんかあるわけねえ。そう考えりゃ、諦めるまで放置ってのが妥当だぜ。
「まったく……面倒なことばっかでちっとも金になりゃしねえ」
「お金大好きだねえベクターさん」
「あったりまえよ。この世は金が全てだからな」
「ふーん、そういうものかー」
「つかお前さんの方こそ、なんでオレにこだわってんだよ。探偵なんか他にもいるだろ」
まあ、この事務所でコイツが見えるのがオレだけってあたり、他に頼りようがないのかもしれないが……こんだけあしらわれてメゲないってのも引っかかるしな。オレじゃなきゃいけないっつう理由があるとしても、その理由が思い浮かばない。
すると女は急に背を向け、
「……ばーかばーか」
「ハァ!?んだよいきなり!」
「ベクターさんって鈍いよねー!」
「な、んだとおお!?このオレ様の頭脳に向かってなんっつーことを!!」
「ふーんっだ、掴みかかったって私には触れないもんねー!」
「てめ、待ちやがれこんちきしょう!!」
「たっだいまー……って、べくたーまたやってるよー」
「また件の女幽霊だろうか……」
「べくたーもこりないねえ」
二人に全く気づかないベクターは、幽霊(?)に向かって尚も声を張り上げていた。