「ねえべくたー。ゆうれいって、ほんとにいるのー?」
依頼のないある日のこと。……誰だいつものことって言ったヤツは。とにかくある日だ。ソファに座ってテレビを見ていたチャーミーが不意にオレのほうを振り返り首を傾げた。その横で、話の女幽霊がチャーミーの頭を叩いているのが見えるんだが……並んでテレビ見てたってのに気づかねえのか?だから幽霊なんだろうけどよ。
女は見ないようにして、オレはチャーミーをジロリと睨む。
「んだよチャーミー。オレを疑ってんのか」
「うーん……やっぱみえないからさー」
「仮に嘘だとしたら、空間に向かって話しかけるやべぇヤツ認定してるってことでいいのか?ああ?」
「うわぁそこまでいってないじゃーん!えすぴおもさ、へんだっておもうよね?」
チャーミーは、壁を背に精神統一しているエスピオに向かって飛んでいく。エスピオは目を閉じていたが会話は聞いていたらしく、瞼を持ちあげるとふむと唸った。
「まあ……確かに妙ではある」
「エスピオまで疑うのかよ!」
「そうではない。ここ最近何かの気配を感じるのだ。姿形は見えぬ故、それがベクターの言う幽霊なのかは断言できんが」
「「えっ」」
まさか、エスピオがコイツの気配を察知してるとは。これには女も目を丸くし、チャーミーと同時に感嘆した。気ィ合うなお前ら。
しかし忍者であるエスピオなら見えない相手の気配を探ることくらい容易だろう。むしろ今まで感じなかったのが不思議な――まてよ。
「エスピオ。最近ってのは、いつからか分かるか?」
「む?そうだな……一週間くらい前から、だろうか」
「そうかありがとよオレ様はちょっくら出てくるぜ」
「べくたー?どうしたのさ!」
チャーミーをスルーし、オレは事務所のドアを開ける。その一瞬肩ごしに女に目配せして着いてくるよう促すと、女は少し躊躇した後ふわりとオレの背中にくっついた。
「本当に、ベクターさんどうしたの?」
やってきたのは事務所のあるビルの屋上。人目を気にせずコイツと話せるのはここくらいだろう。
フェンスを覗き込めば、陰った日差しの中に立ち並ぶビル群が望めた。その隙間を多くの人、車が行き交う。何も変わらない、当たり前の日常風景。その中から、こいつは溢れ落ちたんだ。
本人のあずかり知らないうちに。
「おかしいと思わねえか」
「なにが?」
「お前さんが事務所に居着くようになって大体一ヶ月。エスピオがお前さんの気配を感じるようになったのが一週間前。エスピオの能力は知ってんだろ?それを以って気配が分かるようになるまで、こんなにタイムラグがあるのがおかしいってんだよ」
むしろいの一番にエスピオが見ていてもおかしくはない。それなのに見えるのはオレだけで、最近になって気配が……そうだな、強くなったと考えると合点がいく。幽霊として気配が強くなる、ということは、つまり、だ。
「お前さん、朗報だぜ」
「え?」
「オレ様の推理が正しけりゃ、お前さんはまだ生きてる」
幽霊、即ち、死に近付いていると考えればこれまでの辻褄が合う。だが同時に危険な状態でもあると言える。何らかの事故か病気かを抱えていて、何かの拍子に魂みたいなもんが抜けちまい、肉体の状態が悪化したのだとしたら。
ま、オカルトにゃ詳しくねえから単なる憶測だが、今のところ否と言い切るだけの材料もない。それなら急ぐしかないな。
考えを纏めていると、「ちょ、ちょっと待って」と女が手をあげた。
「あの、私全然ついてけてないんだけど、どういうこと?」
「あー要するにだ。生きてるかもしれねえお前さんを探してやるっつってんだよ」
すると女はあんぐり口を開け、
「い、いいの?お金にならないかもしれないのに」
「人ひとり見殺しにするほうが寝覚めが悪ぃんだよ文句あっか」
「ない、けど」
「だああまだるっこしい!じゃあこうしろ。お前さんの目が覚めたら、お前さんが一番だと思うお宝を寄越しな。宝石でもいいし、美味い飯でもいい。有形無形は問わねえ。それなりの理由がなけりゃ受け付けねえけどな」
「ベクターさん」
「そうと決まりゃ調査開始だ!忙しくなるぜ、お前さんにも手伝ってもらうからな!」
事務所に戻ろうとすると、するりと腕が伸ばされた。女の腕が、オレの腰に回されていた。直接触れているわけでもないのに、何故か、その場から動けなくなった。
「ありがとう、ベクターさん。やっぱりあなたにお願いしてよかった」
「……おう」
いつもの、オレ様の頭脳にかかれば、なんて軽口は、喉の奥に引っかかって出てこなかった。