この事件の要点は大きく分けて二つある。
一つは、「今のところオレにしか見えない」という点。これによりオレと縁のある人物だから見えるという仮説が立てられるが、オレ側に見覚えがない点を省みると、女が一方的にオレを知っているパターンが有力だ。その場合、オレとの関連性は女が思い出さない限りは不明。この点はもう少し情報を得るまでは保留にする。
もう一つは、「生きてはいるが死に近づきつつある」点。エスピオが最近になって幽霊の気配を感じるようになったところから推察した情報だが、オレが思うに今のところ一番核心に近い気がする。まぁ根拠は薄いが、ゼロから捜索するよりかはマシだろう。
そういうわけで、オレは女を連れて街の病院を訪ね歩いた。死が近い……とあれば集中治療室に入っている患者が怪しいが、何の接点もない人物がいきなり訪ねて面会できる訳がないので仕方なしに一般病棟を周るが、大きな総合病院ならまだしも規模が小さければどうしても行動が目立つため深追いができない。
まあつまり、詳しく調べることができなかったオレたちは、結局女の手掛かりを得ることができなかったというわけだ。
「……まさか、一日歩き通してコレとはなぁ」
ビル街の隙間にあった公園のベンチで、ぐったりと首を落とした。その隣で、女が申し訳なさそうに縮こまっているのが伺える。
「……ごめんね。私が自分の顔、分かればよかったんだけど」
初めて会った時から言われていたことだが、こいつは自分の顔を覚えていないらしい。もちろんのこと鏡にだって映らないので、オレが直に見るしか探す手立てがない。
確かに、幽霊であるこいつが壁抜けなりなんなりして自分の体を探せれば手っ取り早い話だった。それができりゃぁそもそも頼む必要だってない。
そんな言葉に、オレが返せるのはコレしかない。
「……さて、ノド乾いたな。なんか飲むか?」
女を見ると、話しかけられていると思っていなかったらしく、しばしの沈黙のちオレを見た。
「……え、え?私飲めないよ」
「いいって、こういうのは雰囲気だ」
笑いかけてやると、女は照れくさそうに視線を外して「……いちごミルク」と言った。
そこらのジューススタンドでコーラといちごミルクを買って戻り、女の隣に置く。女がためらいがちにそれを眺めるので、オレは苦笑してコーラを飲んだ。
「どっかの国の風習だそうだ。長旅に出たヤツが飢えないための祈りなんだとよ。陰膳……とか言ったか」
「色んなこと、知ってるね」
「まーな。知識は持ってた方が探偵としちゃ得だぜ。今みたいに役立つこともある」
女は目を丸くし、それから照れたように破顔した。
「私が見えるのが、ベクターさんでよかったなぁ」
そう呟くと、女は置かれていたジュースカップを両手で包む。大事そうに、慈しむように、細い指先が輪郭をなぞった。
その光景は、なぜか、胸の奥をくすぐられるような感覚を誘った。
「……あ、」
不意に女が顔を上げる。はっとしてオレも視線をなぞると、女はぱっと駆け出していってしまった。
「お、おい!どこ行く気だ!?」
慌てて女の後を追うと、女は公園を出たところで立ち止まってキョロキョロと周囲を見渡していた。まるで息切れを起こしているかのように、目を見開いて眉根を寄せている。
「いま、いま、」
その時、オレは予感した。女が次に何を言うのか、確信に満ちた予感。
「……見覚えある、ひとがいた」