Signal.

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。という、ある小説の一文を思い出した。
別にわたくしは、トンネルを抜けたわけでも雪国にやってきたわけでもないが、今の心情を的確に表現するならばそうなった。
――果たして此処は、何処だろう。
その問いかけに答えてくれるものは何一つない。わたくしの周りには、ただ見たことのない花が咲き乱れ、遠くのほうに、これまた見たことのない建物が薄っすらと見えるばかりだった。
その真ん中で、わたくしは仰向けに寝そべっていた。
好き好んでこの見たことのない風景の一端になったというよりは、意識を取り戻した瞬間にはもうこういう体勢になっていたので、否応なしにそうなった、が正解だ。
ついでに言うならその正解がわたくしを混乱に陥れ、身動きひとつとらせないでいる。
動かなければ状況を打破することもできないと頭の隅で考えてはいたが、見知らぬ場所で動くということはそれだけ危険も孕んでくると思うと、やはり、わたくしは澄み切った青空を見つめるしかできなかった。
がさ、と不意に音がした。
その音は段々こちらに近づいてきて、動揺で身を固くするわたくしの上に陰を落とした。

「こんにちは、知らない人」

見たことのない少女だった。屈託のない笑みを浮かべ、朗らかな声を向けている。

「こんにちは」

警戒心はあったものの、相手が少女ということと、笑顔であるということに幾らか気を緩めていた。

「知らない人は、ここで何をしているの?」

「さあ、わたくしにもさっぱり」

「わかんないの?」

「分からない」

「へんなの」

少女はくすくすと笑った。
どちらかというと、わたくしのほうが少女に向かって変だと言いたい。知らない人に声をかけて、生産性のない会話を楽しんでいる少女に。
しかし不思議と苛立ちは覚えない。それはこの少女がかもし出す雰囲気のせいかもしれない。
春の陽気に似た柔らかな――ああ、そうだ。少女はこの花畑に似ている。

「ここはねえ」

それを声にしようとした途端、

「プリンプっていう国のね、花畑なのよ。向うにプリンプタウンっていう街もあるよ。きっと、あなたの知ってる人が来てるよ」

わたくしに落とされた少女の陰が消えると、またがさっという音がした。
その時わたくしは初めて体を起こして周囲を見渡すことが出来た。自分の体が動いたことに驚くよりも先ず、少女の姿がどこにもないのに驚いた。少女がどいてわたくしが起き上がる迄、時間にして数秒である。
――奇妙なことばかりだ。
いよいよわたくしの頭は混乱を極め、遣る瀬無さから、あんがーふんぬーと叫んでみた。