Two

Two

僕はその人物を蹴飛ばした。相手は唸り声をあげて咳き込む。
敵を見下すのはとても気分がいい。それが、長いこと不満を抱いていた人物なら尚の事。
雲影に隠れていた満月が顔を出すと、その光に照らされて相手の顔も映し出す。

大統領の娘「だった」女。

弱小テロリストの末端とはいえ、大胆なことをしたものだ。
大統領の養子として組織の構成員を引き取らせ、スパイ活動をさせるとは。しかもこいつが10にも満たない年齢から計画していたそうじゃないか。
喉の奥から笑みが漏れる。
本気で露見しないとでも思っていたのだろうか?
そんな勢いだけの計画が通ると思っていた奴らのバカさ加減に笑えてくる。

ああ、本当に。
虫唾が走る。

露見した瞬間にテロリストどもは散り散りに国外へ逃亡、どいつもこいつも行方知れず。残った女は見捨てられ、今まさに死のうとしている。
この僕の手で。

「命乞いをしろ」

女は、逃げなかった。
あっさりと切り捨てられたくせに、組織の一員として育てられた精神がそうさせるのか、何一つとして情報を漏らさなかった。
こいつの生意気な目が曇ることはなかった。
腹立たしい。僕はこいつの命令を聞いてやっていたというのに、こいつは僕に何ももたらさない。

「最後くらい楽しませろ。無様に命乞いをして、劈くほど泣いて、泥にまみれながら縋りつけ」

それを僕が一蹴して、精一杯苦しめてから、殺してやる。
だが女は、やはり生意気な目で僕を見た。

「初めて。声、聞いたわ。いい声してるのねあなた」

「貴様ッ……!」

下らん挑発だ。なのにこいつから発せられていると思うと、憤りが隠せなかった。
僕は女の頭を踏みつけ銃口を向けた。

「苦しめてから殺してやろうと思ったが、気が変わった。一刻も早く死ね」

この女が繰る戯言が鬱陶しくて仕方がない。
吐き気がする。耳鳴りがする。噛み締めた奥歯が痛む。
僕は引き金に指をかけた。

その瞬間、月が雲に隠れ辺りが暗闇に包まれる。しかし僕は躊躇いなく引き金を引いた。

「あ――」

その後の声は、破裂音に掻き消えた。

(けれど、けれど)
(確かに聞いてしまったんだ)
(聞くまいと思っていた彼女の声を)
(僕は僕の耳のよさを呪った)

あなたの声、好きだわ――